〔同心円と大魔神〕

 バードウォッチングなどという洒落たことではないのだけれど、公園で野鳥を観察するのが日課だった時期がある。貰い物の双眼鏡と、黴の生えたカメラとレンズが主な携行道具だったから、ヒコーキを飛ばしに行くよりは、ずっと気楽だった。



 公園の鳥たちが、気持ちよく"出演"してくれるか否かは、実は子供たちの繰り出す具合による。今どき、鳥を捕まえよう!なんて元気な子供は先ずいないのだが、本能的に彼らは人を恐がる。だから、暖かくなり始めから寒さが身にしみだす時期までは、タイミングを見計らって行かないと、"出演"者は(人間の)良い子の皆さんだけ、と言うことも間々ある。
 もっとも、ガキンチョ(差別用語かな?)が嫌いなワケではない。カメラに向かってVサインを出すようになる前の年齢なら、野鳥と同じ位に楽しい観察対象と言える。
 例えばこんな事があった。例によって池を前に、ベンチに腰を下ろしていた。あいにく子供が多く、鳥たちは警戒してなかなか現れてくれない。陽気のせいか、幼児/乳児の親子連れが多い日だった。池の向こう側に、若い母親がやっと歩き始めたばかりの男の子を連れていた。母親の手をしっかり握りしめている子供は、池の淵まで来ると手を放し、30センチ程下の水面をこわごわ覗きこんだ。
 その場にしゃがみこんだ彼が、次にしたのは回りに落ちた石か何かを探すことだった。そして手の届く範囲から、手頃な石(ではなかったかもしれないが)を拾い上げ、やおら立ち上がると池に向かって投げた…ただし、左手はしっかり母親の手を握って。彼の投げた物体は、当然ながら幾らも飛ばず「ポチャン!」と落ちた。すると、彼は魅入られたように水面を見つめた。しばらくそうしていた後、母子は向き直って立ち去った。だが、数歩行くと彼はゆっくりこちらを振り向き、手を振った。池のこちら側に居たのは、私だけだ。こちらも小さく手を振ると、彼は満足げに微笑み、再び母親に手を引かれ去って行った。
 言うまでもないが、彼がそこにいた間、私は黙って座っていただけだ。サングラスをかけていたし、何の身振りもしなかった。"原則として、公園では子供にこちらからアプローチはしないが、何か尋ねられたら誠心誠意答えてやる!"のが私のモットーなのだ。
 ところが幼い男の子は、私が真黒なレイバンの後ろから見ていた事に、ちゃんと気付いていたのだ。未だに、彼がなぜ私の隠れた視線を見破ったかは、謎のままだ。その時私が考えていたのは、親に手を引かれなければ歩けない幼い子供でさえ、水面を見ると決まって石(手近の物体)を投げたがる理由だ。手を振った子供だけではない。池を前にした子供たちの、何と多くがモノを投げたがることか!男の子だけではなく、女の子だって、やっぱり投げる。何故か?
 理由のひとつは、物体が着水した時に生じる同心円、つまり"波紋"にあるのではないだろうか。勿論それだけでは無いだろうが、自らの行為の結果としての同心円が、彼等を惹きつけるのではないか?…もしかしたら、彼にとって初めての同心円かもしれないし(お風呂では、池のようにはっきり見えない)、ゆっくりと広がって行く様子は、炎と同じで人の「目と心」を同時に惹きつける不思議な魅力をもっている。

 閑話休題。以前、ラジオ番組で聞いた話。ある人が、モンゴルから来た少年たちに野球を教えていた処、ボールを投げる為の筋肉が日本人に比べて未発達な事に気付いたそうだ。彼の地については良くは知らないのだが、相撲と乗馬が盛んらしい。TV番組で見た限りでは、ひたすら広い草原とテントのような住居、そして馬乳酒(!)しか印象に残っていない。少なくとも、そこいら中に水辺があるというワケではなさそうだ。
 そういう場所の子供たちは、石を拾って投げたりはしないだろうと思う。ボトッと地面に落ちた石は、只それだけの事で、何も起こるワケではないからだ。子供が、石をぶつけて面白いモノが沢山あるのなら話は別だが。反応の乏しい対象に、彼等は興味を示さない。それよりも、乗馬や相撲の方が楽しいに決まっている。そんな歴史が、多分何千年も続いたのだろう。だから彼等のモノを投げる為の筋肉は、余り発達しなかったのではないだろうか?(※注)
 その点我々の地域は、水には恵まれていた(水で困った事、も多かったが)。この国では歩けるようになると、水面めがけて何かを投げてみたくなる。そして出現したのが、ミスターKや大魔神なのだ!…とまあ、冗談はさておき、近い将来『HLG世界選手権』(があれば)で、日本人選手が活躍する日は遠くないのでは?、と私は考えている。出でよ若きランチャーたち!野茂や佐々木に続け!!
 何しろ我々は、言葉より先にモノを投げる事を覚える民族なのだ。   (stupidcat)

       (※注、飽くまで思い付きの仮説で、他意はありません。念の為に、未だお会いするチャンスに恵まれ
        ない ガンゾリックさんに、彼の地の事情?をうかがってみたいナ…等と考えて居ります)