〔風車〕
 バードウォッチングなどと言う洒落たことではないのだけれど、公園のベンチで野鳥の観察を日課にしていた時期がある。
 こう書くと聞こえが良いが、本当の処は常連のリタイアした爺様諸氏と、あれこれ話すのが楽しみだった。"野鳥観察"は、半分以上口実だったと言える。相手や話題によっては、時が経つのを忘れることもあった。我ながら爺むさい…と思わないでもないが、コトバの通じない若い衆と話すより実り豊かだった,と断言出来る。しかも、長年の疑問が一気に解ける…なんてコトも時にはあって、嬉しくなってしまう。老人というのは、底知れない知恵の塊だと思い知るのは、ある意味で快感だ。
 ところで最近、"長年の疑問?"のひとつがやっと解決した(ただし、これは前記の「お達者倶楽部」ではなく、TV番組のおかげなのだが)。実は、ずっと知りたかった事というのは、オランダの風車に関する"?"だった。
 わが国の水車同様、現在では観光用の飾り物的な存在になっているとばかり思っていた風車だが、現在でも900基程が実際に稼動しているそうだ。絵画や写真で見ると、たいてい何基もが同じ方向を向いて並んでいる風景というのが一般的だ。
 そこで、"?"なのだが…
 『オランダという国では、年中同じ方向から風が吹くのだろうか?』
 『猛烈な強風の時は、どうするのだろう?』
 『風の吹かない日は、どうしているのだろう?』
 『夜間も、勝手に廻り続けているのだろうか?』

 まるで子供のような"?"だが、白状すると、ガキの頃からずっと不思議に思い続け、そのままオジサンになってしまったのだ。
 "答え"は、思いの他簡単だった。風車は小屋全体が上下二層構造になっていて、風向きに対して上半部分の方向は自由に選べる。また、カザグルマ部分の羽根の角度等は、その都度設定する。小屋番(?)は、その日の天候や仕事の内容によってセッティングを決めるから、風の無い日はお休み、夜も当然お休み、ということになる。ナールホド!!
 風車は、国や地域・用途によって千差万別なので例外も多いが、いずれにしても只そこにデンと建っているだけ、というモノではないらしい。
 現物をちゃんと観察すれば分る筈だ、と言われてしまいそうだが、風車なんてモノは身近に見当たらない。それに、(言い訳がましいが)童話の挿絵などに登場する風車は、たいていガッチリした木造/石造りに描かれていた…ように思うのだが。
 しかし、カザグルマ部分のピッチ調整までやるとは、ちょっと意外だった(実際にはピッチ調整というより、湾曲したブレードに張るキャンバスの面積を加減し、風速に合わせるようだ→注@)。考えてみれば、小屋の中で仕事をする機械部分は昔ながらの木製だったりするわけで、回転数のコントロールは運行する上で重要なポイントなのだろう。そして完全に無風になってしまえば、潔く諦めて運河でスケートでも楽しむのだろう。
 国内でも最近よく話題になる、風力発電用のスマートな風車は、こうしたコントロールを全て「電脳」に任せ、24時間運用を可能にしているのだろう。あまり風流とは言えないが、人件費が世界一高いこの国では、今さら「風車の番人」を雇うワケにも行くまい。(募集したら、こんな時代だから結構集まるかも知れない。ただし、今時の普通の人々に「生きた風見鶏」みたいな能力を期待するのは困難だろう。…が、空模様には異常に敏感なFF屋→注Aなら、立派に勤まる?のではないだろうか。)
 現代的な風車のひとつに、気象観測ポイント等に設置されている風向/風速計がある。飛行機から、主翼と水平尾翼をもぎ取ったようなアレだ。最近はちょっと角張った今風のデザインのモノが増えているが、以前から使われている丸みを帯びたタイプは、我が敬愛する佐貫亦男先生が気象庁で設計された制式測器だ。プロペラ部分には、レシプロ機→注B時代の香りが色濃く漂っている。先生御自身の解説を拝借すると、

  
『気象研究所で風向風力計を設計したとき、そのプロペラ(正しくは風車)羽根の輪郭(捩れ
  ているから、展開した平面形)を、極座標の動径が偏角余弦(コサイン)の平方根に比例する
  数式曲線で表してみた。…』(「設計からの発想」より)となる。


 残念だが書き写していても、オランダの風車以上に"?"なので、分り易い部分を抜き出すと、

  
『直径三五〇ミリの4枚羽根(始動をよくするため)で…』、『最大羽根幅は、半径の三六・
  六パーセント(直径の一八・三パーセント)である』、『羽根角は七五パーセント半径で六〇
  度とし、一様なピッチ分布とした。』、『…その羽根は私がいつまでも愛着を持つ形態であ
  る。』(同前)


 これなら理系の素養ゼロでも、少しは理解できる。確かに先生が自慢されるように美しいプロペラだ。
 新旧の風車、風向風力計はいずれも「風を受けて回転するカザグルマ」だが、ヒコーキ屋がいつも問題にしているのは、「回転して風を起こす」ほうのプロペラだ。ライト兄弟以前から、効率100%のプロペラはヒコーキ屋にとっての夢だが、絶対的に小さな模型の世界では残念ながら、「夢の、また夢」状態が続いているようだ。
 特にF1B→注Cでは、各フライアーともある程度スタンダード仕様が出来かけていたところに、動力ゴムの減量が決まったものだから、当分悩みは尽きそうもない。ましてや、ブレード形状やピッチ分布といった従来からの問題だけではなく、可変ピッチ等の奇怪・面妖な仕掛け→注Dまで登場しては、考えるべき事が多すぎて、取り組もうという意欲さえ萎えてしまう。それに比べれば、阿蘭陀国の風車に関する"?"など、カワユイものだ。
 実を言うと、風車…と言うよりカザグルマに関する"長年の疑問?"が、もうひとつある。10年ほど前の話なのだが、兵庫とその近県の山間部をクルマで走っていた時、奇妙な光景に出くわした。田舎道に面した農家の、庭先に広がる比較的小規模な畑。そこに植えられた作物の間に、F1Bのプロペラ(のようなモノ)が風を受けてクルクルと廻っていたのだ。しかも、幾つも、あちらこちらに。
 勿論、そんなトコロにそんなモノ(F1Bのプロペラ)がある筈はない。良く見ると、害鳥除け仕掛けの一種らしかった。(クルマを停めてちゃんと調べれば良かったのだが、その当時は事情があってそれどころでは無かったのだ。)ともあれ、一応はF1Bフライアーだったこともある身だから、酷く「ドッキリ!」させられた。サイズといいブレード形状といい、遠目にはF1Bのプロペラそのもので、その昔流行った「シュワルツバッハ」型→注Eを思い起こさせた。
 考えてみて欲しい。直径50〜60cm程のスマートなプロペラが、畑の中で静かな音を立てて廻っているのだ。或る映画の1シーンで、薄霧の中に立ち並ぶ揚水用の風車が音も無く廻っている、という風景が印象的だったが(何処かのお茶畑だったと思う)、それ以上に強烈なインパクトを受けてしまった。勿論、F1Bを全然知らない人には、別段どうって事の無い景色なのだろうが。
 残念ながら、詳しいことは忘却の彼方、視覚的な印象だけが残っているのみだ。確かなのは、場所が前記のように兵庫県から岡山県にかけての山合いの地域だったこと、季節は晩春〜初夏だったことだけだ。何処にでも、と言う程ではないが、割合ポピュラーに使われている感じだったと記憶している。少なくとも1箇所だけではなく、何度かは見かけたと確信している。
 いずれにせよ、関東など他の地方・地域で見かけた覚えはない。その後兵庫方面に出かけるチャンスは無く、未だに『謎のプロペラもどき』の正体は曖昧なまま、灰色の脳細胞の片隅に小骨のように引っ掛かっている。
 ずっと、外野席や場外をウロウロしている身ではあっても、"ヒコーキにまつわるモノ"には過敏に反応してしまう。哀しい業というべきだろう(笑)。でも、やけに平らなビニールハウスを見て、思わず主翼々組を連想してしまった、なんて記憶は無いだろうか?

  『…こんな細長い車両の天井が、飛行機の主翼に結びついていた。艶出しの天井の鏡板が
  間隔を置いてニス塗りの桟によって区切られていることが、いよいよその曲面を飛行機に
  近付けるのだった。この桟の両端に、鉛筆の軸のような黄色い支柱をあてがって、その接
  合部にはソケットがあって、細いピアノ線をぴいんと引っぱっているのだと想像する事が
  出来た。』(稲垣足穂著「ライト兄弟に始まる」の内[私のライトプレーン]より)

  『…例えば乾燥油脂を引いた団扇の類であっても、それを手にして水平にかざしてみると、
  あの亜麻布をシナ竹製の翼骨に縫い付けて、上からゴムを塗ったグラデー式単葉飛行機の
  尾翼として受け取られるのだった。また、緩いカマボコ形の居留地の煉瓦の歩道が、いつ
  も複葉飛行機のカンヴァスを瞑想させたものである。』(同前)


 飽くまで少年時代の回想として書かれた文章だが、足穂という人は晩年までこんな気分で居たに違いない(羨ましい!)。
                                                                     (StupidCat)
(※お願い…関西のFF屋諸氏で、「プロペラもどき」に心当りのある方は、
 LaunchersHP掲示板
or筆者宛に、ご一報いただければ幸いです。)
(※模型飛行機に縁の薄い人々の為に…)
   注⇒@ピッチは風車の羽根の角度を指す。通常の飛行機ではこれを調整して推力を加減する。
      Aフリーフライト模型飛行機(飛ばしたら拾いに行かなくてはならない種類)を嗜む人は、自分たちを
       「エフエフヤ」と呼ぶことが多い。
      Bピストンの往復運動を回転に変える種類のエンジン、を動力とする。
      CFFの国際的な競技規定の一種目で、ゴム動力。F1は、もちろん車と同じフォーミュラ・ワンの意。
      Dブレードはプロペラの羽根。そのねじれ具合や、ねじれの角度を変化させるシカケが増えている。
      E二十数年前に流行ったF1B用プロペラの一形式。優美なブレード形状が特徴。