恒常因の原理


 “気まぐれ文化論”ということなので、話はあちこちに飛びます。しばらくはFFから離れますが、寿命の終り時代とのズレという問題を別の文化領域の例で考えます。
 むかし何かで読んだのに「恒常因の原理」という説がありました。危機は進路の前方に待ちかまえているのではなくて、足元からひそやかにしのび寄ってくる、と。人間の目には見えず、耳にも聞こえず、しかし小さな小さな原因が積み重なって、知らない間に状況を大きく変化させる。そうして、カタストロフィはあるとき不意にやってくる。

 小生にとっては、模型ヒコーキとともに若年のときから親しい、囲碁・将棋の世界の例で考えます。(小生囲碁アマ7段、将棋アマ3段)。ここがまた、いま時代の波に足元を洗われているのです。
 囲碁・将棋界があぶないと表だって唱える人は今のところ居ません。しかし、少数ながら気づいている人はいます。小生部外者の気楽さで敢えて言わせてもらえれば、日本のプロ棋士集団である「日本棋院」「日本棋士連盟」は先行きまさか崩壊には至らないまでも、少なくとも現状の形のままでは、存続はむずかしかろうと見ています。そう考えざるを得ないのは、これまた時代の推移というものであり、耐用年数かな、という考えがチラつくためです。もちろん、囲碁・将棋界をとりまく事情は複雑で一概にはいえず、要因はひとつやふたつではありません。いくつかある要因のなかで、囲碁・将棋界事情を知らない誰にでも理解容易な、時代だナと感じさせる明白な要因があります。それは、コンピュータ技術の発達という脅威です。早まらないでいただきたいのは、現在がすでに危機状態にあるというのではありません。目下その方向へ進行中ということです。

 不案内な方ノために少し説明を加えますと、囲碁・将棋ともに発生起源は外国ながらわが国に入って独自の発達を遂げ、およそ千年ほどの歴史をもちます。合理的な思考が要求される純粋に知能のゲームですが、これがコンピュータという現代の怪物の出現で基盤を脅かされようとしています。
 どういうことかといいますと、コンピュータは過去に記録されたすべての対局(500年前の棋譜が残されています)のすべての局面をもれなく記憶し、1秒間に何億手かを読む計算能力を利して、どの局面においてはどの手が最善手かの回答を出すことを目標とします。専門棋士も常人からみれば恐ろしいほどの記憶能力・読み能力をもちますが、この面ではさすがにコンピュータには及びません。

 以上は理論上の話で、囲碁でも将棋でも、専門棋士とコンピュータの対局で、専門棋士がおくれをとることがあろうなどとは、誰ひとり考えていません。それは専門棋士が2〜3系列の主要筋の読みに限定して読み進むのに対して、コンピュータは場合の手のすべてを読むわけですから、99,9%以上がムダ読みだということによります。もうひとつ、コンピュータではプログラムに従って膨大な計算量をこなしますが、局面においての判断力をもちません。データをもたない未知の局面では混乱して、人間には思いもよらないとんでもない悪手を平然と指すといわれます。そんなわけで、コンピュータ将棋ソフトの正味の実力は、パソコン程度ではまだ現状アマ3〜4段ぐらいというのが定説です。したがって、小生の唱える、囲碁・将棋界がそのうち壊れるという認識はまだ専門棋士には根付いていないと思われます。
 いっっぽう、別種の室内ゲーム、コンピュータ技術社会でいう「場合の数」のはるかに小さい五目ならべ、オセロゲームなどの世界では、人間対コンピュータの対決の問題は、ずっと以前に決論が出されてしまっています。要するに、人間が初手を指せはコンピュータはあらゆる変化を読み切り、終局までわかってしまうので、人間はコンピュータに勝てません。計算の達人コンピュータでも「場合の数」の大きいほど苦手なわけで、いまのところ「場合の数」が天文学的に大きい囲碁ではまだ手がつけられない状況といわれますが、五目ならべやオセロゲーム程度の計算量では問題にならないというわけです。

 興味深いのは、欧米で盛んに行われている、チェスによる人間とコンピュータの対決です。
 コンピュータ界の雄IBMがチェス専用スーパーコンピュータを駆使する特殊技術者チーム「ディープブルー」を結成し、当時不敗のチェス世界チャンピオン、ガリ・カスパロフ氏に挑戦状をつきつけました。ガリ・カスパロフ氏、アゼルバイジャン生まれの当時35歳のロシア人で、22歳のとき10年間不敗を誇ったカルポフ氏を敗ってチャンピオンについていらい不敗という、歴代最強ともいわれるチェス・プレーヤー。
 両者の対局は1997年5月、ニューヨークはマンハッタンで世界の注視の中で行われましたが、もちろん高額の賞金付きゲームで、こういうことの好きな賭け屋連中の動かした金も、半端じゃなかったと思われます。
 IBMはカスパロフ氏の過去の対局のすべてから対局中のクセまで、カスパロフ氏対策に要した開発費はおよそ100億円ともいわれますが、数日を要した6番勝負は一進一退、最後は疲労困憊したカスパロフ氏の信じられない大ポカで、微差で「ディープブルー」側が勝ち、カスパロフ氏本位ではなかったようですが、敗北を認めました。局後、IBMの株価は22%上がったといいます。

 これで人間対コンピュータのチェス対決は決着がついたと思われそうですが、どうもそうでもないようで、後日談がまた面白い。チェス関係者は「ディープブルー」側がカスパロフ氏対策を入念に行ったのに、カスパロフ氏側が「ディープブルー」対策をほとんどしなかったのが敗戦の原因で、研究してコンピュータの弱点を衝けば、次にやればカスパロフ氏が勝つ筈だというのです。それかあらぬか、カスパロフ氏が再三にわたり再戦を申し入れましたが、IBMはもう目的を達したからといって、チームを解散してしまいました。今後は金融とか制約の方面に転進すると、人を食った記者会見を行ったので、あれは勝ち逃げだと今でもIBMの評判は悪いのです。

 気まぐれが過ぎたようで、話をFFに戻します。囲碁・将棋界にはしのび寄るコンピュータの脅威以外にも、若者ばなれ、スポンサーばなれという、より骨身にこたえる脅威があり、FFにとってはこれも他山の石、伝統技芸も時代の波には抗し難いという、小生の見解を裏づけるところとなっています。次にはFFとメディアの問題を扱います。
                                                 (以下、次号に続きます)