第五回 ■■■■■■■■■■

ゴム弾性はエントロピー弾性
 話は一転して、プロペラとは仕事の相棒、動力ゴムの話になります。例によってゴムとは何ぞやから始られるといいのですが、小生この分野の門外漢で、ここの話は簡単にすませてしまいます。興味はあるものの、何しろ原材料が何と何との組合わせによるコンパウンドなのかの情報を持ちませんし、主材が天然の物か合成の物か、またどんな作業工程でできるものかも知りません。 しかし、ゴム弾性についてなら、熱力学からの受け売りで多少のことはわかります。熱力学の本によると、金属バネの弾性とゴム弾性はまったく別物で@金属バネが“エネルギー弾性” Aゴム弾性が“エントロピー弾性”とあります。@“エネルギー弾性”とうのは、モノが引っ張られるときの分子間引力と、これは初等物理の範囲なので感覚的にわかります。難物はA“エントロピー弾性”のほうで、感覚的に見当がつきませんが、小生の理解ではこういうことです。
 エントロピーというのは、もともと物理学的、哲学的基礎概念のひとつですが、確率論から始まるむずかしい理屈は別にして、要するに自然界の秩序と無秩序の状態をエントロピーの大小で表す(無秩序がエントロピー大)とみていいようです。
 たとえば、時間はエントロピーの増大する方向だというのは、自然界は秩序から無秩序に向かう、つまり水は低きに流れピラミッドはこわれつづける。
 自然はそういう確率が大きい方向に向かうので、その逆はないと、そういう理解でいいようです。ゴム弾性がどうして確率論で説明されるのかといういと、ゴムを構成する分子(多種元素の結合で可成り大きいものらしい)は、ふだんはゆとりのある構成空間のなかで手足を伸ばして(?)動きまわってアソんでいる。確率的に大、つまり無秩序の状態でゴム分子のありようとしては、これがいちばんラクだからです。
 しかしここに外力が加えられ、引っ張られると、気ままな分子運動でアソんでいたゴム分子連中は強制的に整列させられる。規制はいやだと反発するわけですが、この自由分子の反発運動がすなわちゴム弾性というわけです。ここでようやくゴム弾性が熱力学で語られる理由がわかります。分子運動イコール熱ですから、ゴム弾性も温度の関数なんですね。F1B機にバッテリー(すなわち電気エネルギー)の積み込みを禁じているように、熱エネルギーの持ち込みを禁じたのは、たぶん同じ理由です。高温中にゴム弾性が増すのを確かめてみるには、熱いフロの中でゴムを引っ張ってみればわかります。また、輪ゴムに何か重い物を吊して、熱湯をかけて縮むのを観察してもわかります。
 熱力学の法則にしたがえば、暑い夏の盛りにゴム動力機はいちばん良く飛ぶリクツですが、これがどうも小生の経験では、ナルホドというほどの感触を得ていません。夏と冬では期間が離れすぎて、比較が難しいからか、あるいは飛行場難で真夏に飛ばす機会が少ないからかとも思います(昔は真夏に富士山麓の滝ヶ原自衛隊演習場で、毎年競技が行われました)。ただ炎天下ではゴムトルクは増すのかも知れませんが、ゴム巻きは切れやすかった記憶があります。

◆ゴム特性の実測について
 第1図が小生の実測によるゴム特性のグラフです。(※編集部からのおわび→現段階で図が入手できていません)実測例多数のなかから、年代別に6種類のゴムを選びましたが、これらは特性的には、その年代でほぼ標準的な部類のゴムです。小生のゴム特性測定歴は80年代の中ごろからですが、何しろ手あたり次第に測っているので、実測例はすでに30例を超えています。この図のなかに1例だけ76年のイタリヤピレリ製のゴムが入っていますが、これは入手時の測定ではなく、手持ちの古ゴムを比較のために90年代になって参考に測定したものです。残念ですが、当時は神話的だった全盛期のピレリゴムがどんなだったか、測ってないのでわかりません。たしか、70年代なかごろの英国のNFFS誌でしたか、特筆すべきヴィンテージものとして1972年製(だったかな)のピレリゴムの測定データが載っていた記憶がありますが、これは8倍ちかく伸びるもので、小生の測定例とは段違いのすぐれたもののようでした。この図にはありませんが、珍しいところでは80年代中ごろの中国製の糸ゴム(上海ゴム)も測っています。品質が粗く、またブツブツ切れやすいのですが、当時としては8倍ちかく伸びるのが異例でした。国産ものでは、これも80年代中ごろの、住友ダンロップ製を測っています。ゴルフボール内製材からの転用とかいう話でしたが、6ミリ巾、0.5ミリ厚と超ウス幅ヒロタイプで、品質管理は大メーカーらしく見事でした。ただし、動力用としてはいまいちで、6.0〜6.5倍と伸び率が悪いばかりでなく、幅広タイプの欠陥か隣接する同志のすべりが悪く、巻いていて、とんでもないときに全断する欠点がありました。
 さて、第1回のゴム特性、見ての通りで説明は不要かと思いますが、横軸がゴムの伸び率で、縦軸が引っ張り強さ(巻いたときのトルクに相当)です。識別のために、入手経路、入手日時、測定日時(この図では省略)など入っています。@Aは入手時が違い色も違いますが、測ってみるとまったくの同特性なので、1本の線で示しました。ズバ抜けた性能は一目瞭然ですが、ここまでが小生の測定例で、その後は新しいゴムについては、ウワサには聞いていますが、まだ入手していないので測っていません。
 ここでゴム特性について、時代を戻して回想してみますと、赤褐色のピレリゴムの全盛期は、たぶん70年代以前のことではなかろうかと想像します。小生がF1B種目に参入する70年代になると、伝えられるピレリゴム信仰は大ぶん怪しくなっていました。何しろ入手するゴムごとに品質がまちまちで、たまに良いゴムに当たると宝くじに当たったように嬉しくて、これは競技用にとっておこうと大事にしたものです。またザイク年鑑などから60年代の海外F1Bプレーヤーが、50グラムルールながら6ミリ16条を440回も巻いている例をみるにつけても(40グラム16条の小生は約300回)、ゴム性能というのは必ずしも時代とともに進歩するものではないな、という感想をもちました。このあとピレリゴムの品質はついに好転することなくピレリゴムの時代は終わり、80年代は米国FAIサプライゴムが替わってゴムマーケットを引きつぎます。
 FAIサプライというサプライヤー側の事情が小生にはよくわからないのですが、作り手側のどういう事情によるのか、FAIゴムが現れた初期と、中期と、現在とではまるで品質が違うので、小生には統一した印象をもつことができません。最新の TANUゴムを別にすれば、小生の測定では最初のドラム巻きで売られたものの品質が最高で、灰色のスベスベした感じのゴムでしたが、さわった感触が柔らかく、伸び率は7.0〜7.5倍と普通ですが、何より中域の張力(トルクに相当)がズバ抜けて肥えていまいした。この時代は短期間で終わり、このあと見た眼の印象が変わり、伸び率も悪く張力特性も痩せて魅力のないものになります。
 ときに、まぐれ当たりのように、コレハと思えるようなものに当たることもないではありませんでしたが、少量すぎて、競技に使えるまでには至りませんでした。一時期チャンピオンという銘柄ものがありましたが、FAIとどういう関係だったのでしょうか。
 80年代にはおおむねそうしたパッとしないゴム事情だったので、1988年に突然8倍近くに伸びる乳白色のTANゴムが出現したときには、小生に限らずゴム動力屋は驚喜したと思います。TANゴムの実測例は非常に多く(伸び率の最高は8.2倍)ゴムのことですからいくらかのバラツキはあるものの、中域の特性もなかなかで、ここから動力ゴム事情は一変したと思います。
 新しいゴム事情はプロペラにも機体デザインにも影響を及ぼし、とくに機体デザインはロングスパンの方向に変貌しはじめました。そうして遂に10倍以上にも伸びるTANUゴムの出現。
 ゴム特性の見方ですが、TANゴムとTANUのように一見して性能差がわかる場合は別ですが、1対比較で伸び率が違い、張力特性が違う場合には、どちらが優れるか判定に困ることがないではありません。その場合の判定法が第2図です。(編集部からのおわび…現段階で図が入手できていません)ゴムに蓄積されるエネルギーの総量は特性のカーブの下に出来る面積で表されるので、正しくは面積を計算して比較すべきですが、どちらか良いかの相対比較なら第2図の方法で十分です。第2図で、(A)の区分の面積は共通ですから、(B)の面積と(C)の面積を比べて、どちらが大きいかを判定すれば良いことになります。(以下次号→コチラから Link しています)


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