“倒れる…が勝ち”
 カッコ良く言うと"モータージャーナリスト",いわゆる自動車評論家をやっていた時期がある.年中イロイロなクルマを乗り回していたから,人に(よって)は羨ましがられた.ただし,乗った以上はそのクルマに関する原稿を書かねばならない.それさえ無ければ,結構な仕事だったと思うが,“〆切の重圧”は当事者以外には分らない.
 ある時期,仲間と冗談を言い合ったコトがある.編集部に,ステッカーを作ってくれるよう要求を出そう!と.例えば,『僕のクルマじゃありません!!』ステッカーだ.その頃某N社の高級車やスポーティカーは,正直な処乗っていて恥ずかしかった.想像してもらいたい…白と鶯色のツートンカラーのボディ+灰色地にピンクとブルーの小さな花模様のシート+歯をむき出して笑っているようなフロントグリル…の高級車に,平然と乗っていられると思いますか?正直言って,イヤだった.人格を疑われるのではないか?という恐怖がハンドルを握っているあいだじゅう,心を締め付けていた.(ステッカーを作ってくれ〜!?)
 今は乗用車の生産から撤退してしまった某“I”社は,自社の製品に箔を付けるため,海外のチューナーに足回りのセッティングを任せていた.そんな一台を借り出したのだが,どうやらドイツ人たちは日本の路面状況についてあまり知らされていなかったらしく,とにかく足回りが無闇にカタい.当時足にしていたドイツ車も,ガチガチと表現するのがピッタリの足回りで,同乗者の苦情に閉口していた.それに輪をかけて,カタいのだ.2日の予定だったのを1日で返却してしまった.同じクルマを英国のチューナーがセッティングしたモデルは好評だったから,ドイツ風味の方を選んだユーザーは苦労したに違いない.雑誌を見るとたいてい誉めてあった.記事を書いた連中は何も分っていないか大ウソツキか,どちらかだった.ハッキリ言うと,(ほとんどが知り合いだったから断言できる)その両方だった.騙されたユーザーには同情する.ちなみに,そのクルマのリポートは書かずに済んだ.(♪ラッキ〜!)
 プレス試乗会というのは一般ディーラーのそれとは違い,箱根や河口湖などのホテルを起点にして行われる.新車を20台ばかり並べて,マスコミ人間が交代で乗り比べる.一誌につき30分から1時間,酷いときは15分なんて事もある.その間に写真を撮るから,実際の試乗時間はごく限られてしまう.某“D”社の試乗会で,珍しく撮影は不要と言われた.同行のバイト君と二人で,芦ノ湖スカイラインを走った.クルマは,1gクラスのご婦人向き軽量大衆車だ.いつものコースを料金所の手前でUターンし帰途についたのだが,2gクラスのスポーティーセダンに先行されてしまった.バイト君曰く,排気管がダブルだからターボ車です,との事.パワーは,こちらの4倍だ.
 しかし,このセダンがウソのようにノロかった.ブレーキのタイミングもライン取りも,教科書通りで理想的なのだが,とにかく遅い.プレス試乗会では後の予定がビッシリだから,遅れると大ヒンシュクだ.仕方が無い…バイト君に一声かけて,なるべく見通しの良いコーナーで思い切って抜いた.当然テキはシャカリキになって追って来たが,すぐに見えなくなった.乗っていたのは,若い男2人と女性が一人だった.バイト君曰く,「アイツ,きっとフラレますね?」箱根や河口湖で,似たようなクルマが沢山走っていたら,変にツッパラずやり過ごした方が無難だ.雑誌屋の頭のネジは,必ず何本かゆるんでいる.
(クルマの速さはパワーとは関係ない?)
 タイヤの試乗会というのもあって,サーキットで行われる事が多い.タイヤメーカー某“B”社のテストで,FISCO(富士スピードウェイ)を走った.コチラは元々ヘタだから分相応の走り方に徹する事にしていたが,若いリポーター達はやはり気持ちがはやるらしい.ヘアピンコーナーの見渡せる場所にプレハブ小屋があって,そこで他誌の連中の走りを見物できた.某誌の若手がキキッキーとタイヤを鳴かせ,勢い余って案の定インに突っ込みノーズを潰した.ご当人は(恐らく)青い顔でクルマから降りてきて,潰れた部分を茫然と眺めていた.それを楽しそうに眺めていたヴェテラン・レーサーのK氏がボソッとつぶやいた.「見ていても,直らないんだよナァ…」(ゴモットモ!です)
 ある特集の取材で,小型スポーティカーを5台集めて撮影試乗をする事になった.発売直後のミッドシップ車が混じっていたので,強引に引き取り役を申し出た.リポートを書く立場だと,こういう時にワガママが効く.話題のクルマは,皆が乗りたがるのだ.夕方に借り出して,夜遅くまで乗りまわしたのは言うまでもない.
 取材当日は,朝が早い.撮影地には午前中に着きたいから,集合は
(中央道だったので)談合坂SAで8時頃になる.当然5時起きで早めに着いて,車内で一眠りというのが何時ものパターンなのだが,ここで問題が発生した.ミッドシップ車のシートは,45度程度までしか倒れないのだ!いくら眠くても,そんな姿勢では満足に居眠りも出来ない.その事は,集合場所に着いてから気が付いた.他の(普通の)クルマで来た何人かは,バタンッと倒したシートで気持ち良さそうに寝ている.クソーッ!!…
 以来,小さな2シ−ター車にはなるべく近付かない事に決めている.日常の足になるクルマは,時として簡易ベッドとしての役割も果たす.コーナリングやブレーキ時の安定性がいかに素晴らしくても,眠気には勝てない.
(クルマのシートは,『倒れるが,勝ち!』)                                    (stupidcat)
【蛇の足】
クルマ選びのアドバイスを一言.好きなクルマが一番です!
【蛇の手】 ―居眠りできないクルマ特集@―
●“見果てぬ夢”を挙げたらキリがない.中でも比較的現実的なのが、sprite Mk.Tだ.
 50年代後半,英オースティン社がドナルド・ヒーレー(当時の名レーサー/ラリースト)と組んで造った軽量廉価なスポーツカーだ.エンジンはわずか1100ccで,性能は現代の軽自動車にも及ばないが,走る楽しさでこれに匹敵するクルマは,今でもほとんど無い.このクルマをベースに有名なMGミジェットが造られたが,クルマとしての魅力では遠く及ばない.
●英国では「フロッグ・アイ」(蛙目),日本では「カニ目」の愛称で親しまれた(→参照).
 写真は,70年代の英Airfix社製プラスティックモデルで,1/32スケール.Zippoと比べると,サイズの見当は付くだろう.普段はターンテーブルの横に,赤い同型車と一緒に駐車している.ナンバーが取得できないのが残念だ.
●本物とは,取材でお目に掛ったことがある.想像していたより更に小ぶりで、どこにも手が届く.遠出は得意ではないが,シートが倒れないことが苦になるクルマではなさそうだった.乗っていることだけで,十分幸福になれる種類のクルマだと思う.もっとも,維持管理に相応の覚悟が必要なのは古い英国車に共通した特徴で,グリースガンぐらいは使えないと話にならない.コモンセンス=蛮勇,と誰かが書いていたけれど….
 ちなみにこのクルマ(実車)のシートは,トランクにモノを出し入れするため前方に倒れる.



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