〔初歩的な質問ですが…〕
                 (※この話は,事実です.フィクションではありません)

 バードウォッチングなどという洒落たことではないのだけれど,公園のベンチで野鳥を観察するのが日課だった時期がある.春は桜の花弁,秋には枯葉が散るのを眺めて人生の無情を噛みしめていた…というのは,無論ウソだ.たいていは,リタイアした老紳士達とミーハ―&野次馬的に世情を笑って過ごしていた.探鳥と同様,“見て”楽しんでいただけだ.
 話題は,尽きない.何しろ暇だけはたっぷりある人間が寄るのだから,(マスメディアのフィルターを通っているとはいえ)情報は豊富だ.つまりTVや新聞・雑誌等は,並みの人よりしっかりと目を通しているから,ネタに困る心配はまず無い.
 ある程度年長で,なおかつ紳士である知人と話していて有難いと思うのは,知らない事を知らないとハッキリ言える点だ.自分よりずっと知識・経験の豊富な相手だから,気負うことなしに素直でいられる.知ったかぶりは酷く疲れるから,なるべくそうならないよう注意しているつもりなのだが,結果的にそうなってしまう事がある.相手のペースに無理に合わせるとそんな事になりがちだが,年長の相手だとペースを上げる必要が少ない.気が楽なのだ.next↓
 公園での会話は,(強いて分類すれば)文系的な話題が多い.他方,理系的話題が中心の付き合いもあって,そういう場では時として困った事が起こる.しっかりした理系の教育を受けているか,それなりの勉強をした人が居てくれるといいのだが,当方同様の生半可な知識で話す相手とは,お互いが確信を持てないままで話を進める事になりがちだ.そうなると,確信の強い方…つまり自分自身に肯定的な性格の方…が勝ちを収める.積極的な確信は持てないものの否定的な確信だけはあるといった場合,話は最後まで噛み合わないままで終わる.
 数人の仲間が集まった時,ある男が「同じ材質と重量なら,ムクの棒よりパイプの方が強い」という命題?を持ち出した.事実その通りなのは,居合わせた全員が知っていた.困ったのは,「なぜそうなのか?」を明快に説明できる者がいなかった事だ.イーカゲンな図を描いてみたりしたが,誰も確かな説明は出来ない.お終いに件の男が,昔航空機の整備員だった父親がそう言っていたから間違い無いのだ!と,見当違いの結論で締めくくろうとした.知りたかったのは,その理由だった筈なのに.
 幸いなことに,恥を忍べる知人がいた.後日,思いきって尋ねて見ると,理系の素養が全く無い人間にも一応理解出来る形で説明してくれ,モヤモヤした気分は晴れた.こういう質問の出来る知人が居てくれるのは,ありがたい事だと思う.
 次の機会に,今度も同じ男がまた別の命題を持ち出した.彼は,競技用自転車の整備などを生業としているのだが,「体重の重い選手の方が,下り坂で速い」と言うのだ.これも事実で,自転車関係ではこうした“経験則から導かれた方法論”が重きをなしている.今度もまた,「なぜそうなのか?」を誰も説明出来なかった.恐らくは,坂を下る時の抵抗は体重によって殆ど違わないから,位置エネルギーの大きい選手の方が有利なのだろう…ぐらいまではおぼろげに推論できたのだが,確信には至らない.next↓
 そのうち件の先生が,「重い物の方が早く落ちる」と言い出した.えっ,ピサの斜塔でガリレオがやった実験は?…と反論したが,「ガリレオの実験は,とっくの昔に否定されている」と言う.その言い方があまりにも確信に満ちていたので,返す言葉を失ってしまった.そんな話は聞いた覚えが無かったのだが,30年以上前の知識が気付かぬ間にひっくり返っている可能性も無いとは言いきれない.ニュートン力学の一部が,現在では否定されているなどという話も聞いていたし.
 今度は,誰かに尋ねようという気が起きなかった.「ガリレオの実験結果は間違いだったの?」なんて質問は,いくらなんでもカッコ悪いではないか.だが有難い事に,すぐに救いの手が現われた.NHK教育TVの“高校物理”番組を,休日の早朝偶然見たのだ.重力の加速度がテーマだったと思うが,違う重さの球を落として見せるガリレオ式の実験を,映像で見せてくれた.冷静に考えると,質量によって落下速度が変化するなら,ICBMやシャトルもちゃんと飛べなくなってしまうのではなかろうか?(ホントにそうなのか?は識らない)
 理系の素養が皆無だから,こんな誤解・曲解に巻き込まれる.我ながら情けないとは思うが,仕方がない.せいぜいなるべく恥を忍ぶことにして,分らない事は人様に尋ねることにしよう,と決めている.その昔,取材の度に「初歩的な質問で申し訳ないんですが…」から始めたのは,やはり正解だったと思う.
 ところで未だに不思議なのは,ガリレオの実験を否定しきった彼は,その“知識”をどこで得たのだろう?まさか,元整備士の父親から聞いた訳でも無いだろうと思うのだが……今もって,謎のままだ.              (stupidcat)
【蛇の足】
 筆者のような無学文盲の輩には,教育TVや放送大学は実にありがたい存在だ.なにしろキチンとした理系教育を受けていないから,“何となく知っているつもりだが確信が持てない”事柄があまりにも多い.そうした疑問点を懇切丁寧に教えてくれるのだから,阿呆なバラエティ番組なんぞ見ているヒマはない.しかも,無料だ(皆さん民放が無料だと思っているが,実はスポンサーを通じて間接的に膨大な金額が動いている!).放送大学だって,資格が欲しい場合は別だが,こちらも見るだけなら只だ.小学生向けの理科番組も,うろ覚えの知識を整理・確認する気持で見れば,時として感銘を受けることがある.「何でも見てやろう」は小田実さんの名著だが,そんな気持を生涯持ちつづけたいと思っている.



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