“ペダル・カー”
 「2輪車」という玩具をご存知だろうか?3輪車の間違いと思われるかもしれないが,これは自転車業界の用語として通用している,三輪車の自転車タイプ…といった意味だ.では,自転車とどこが違うのか?
 例えば自転車では,16型
(最近はインチ表示を使わない)のごく小さな"幼児車"でも,車輪などの回転部分にはベアリングが使われている.立派に自転車の範疇に含まれるのだが,一方の「2輪車」では三輪車と同様ベアリングが使われていない.各部の回転数が低く,絶対的な走行距離が短いので問題は無い,という設計なのだ.当然,耐久性能は低く,古くなるとあちこちガタガタになる.
↑多分80年ほど前の「お坊ちゃま&お嬢ちゃま」たち.背後の親たちを見れば,いわゆる庶民たちではないことが分かる.右手前が際立って立派な造りのBugattiペダルカー.タイヤまで特注品だ.
 「4輪車」というのもあった.実車をモディファイしたボディを持ち,シートの奥にはペダルがあって後輪を駆動し,ハンドルを回すと前輪が曲がる.俗に「ペダルカー」と呼ばれるモノで,筆者の子供時代は主にブリキ製だった.その後プラスティックのモノが現れたが,最近ではあまり見かけない.実物のクルマが増えて,こんな小さなクルマが安全に遊べる場所が無くなってしまったのだろうか.TVの通販広告で時々電動式のモノが紹介されるが,どう見ても室内専用だ.見かけはプラスティックで軽快だが,モーターやバッテリーは相当重そうだから,ママが安全な場所まで運んでやるのは大変だろう.広々した庭のある家に住んでいれば,話は別だが.
 子供の発育という観点からすれば,やはり手足を使う昔ながらのタイプの方が優れていると思う.もっとも転ぶ心配が少ないという利点はあるものの,全身運動という意味では三輪車の方に軍配があがるだろう.
 個人的な記憶では,この手の4輪車はそれほど一般的ではなかったと思う.地域差や時代差もあるだろうが,三輪車から通常の幼児用自転車に移行するのが一般的だったのではないか.持っていたのは,比較的裕福な家の子供が多かったように思う.筆者の時代には,先に書いた2輪車は存在せず,三輪車から自転車に移るまでには若干のタイムラグがあった.歩くこと自体が楽しい時期だし,子供だけで遠出をする年齢でもない.自転車を与えられる時期は,行動半径が急激に広がる時期でもある.
 もっとも,幼児期には4輪車を持っている友達が羨ましくて仕方なかった.場末としては比較的恵まれた地区に育ったのだが,4輪車のある家は少なかった.近所でも割合物持ちの家だけにあったように思うのだが,借りたり乗せて貰った記憶は無い.あるいは,世代のギャップがあったのかもしれない.子供心にもあまり耐久性はなさそうだと感じていたのは,前記のような構造的な問題による.ちょっと古くなると,あちこちがギーコギーコと鳴るのだ.子供の耳にも,金属同士が擦れる音は気持ちが良いものではなかった.
↑実車ではない!現代の
 お坊っちゃま御用達?の
 “Morgan1.8litre”玩具.
 
 模倣の天才日本人だから,恐らく原型は外国にあると思っていたのだが,後年その通りだと識った.古いクルマの資料を見ていたら,ペダル駆動(漕ぐ)形式の子供用車を発見した.日本でも比較的贅沢な玩具だと思っていたが,欧州では文字通り「王侯貴族の玩具」だった.
 戦後に育った我々には想像し難いのだが,欧米社会の貧富の差はかなり極端らしい.ほんのひと握りの裕福な者と,大勢の貧しい者が社会を構成している.そんな中で,子供達に与えられる玩具の身分格差も相当なものらしいが,実際の処は無論分からない.筆者の世代に例をとれば,小学生になれば当然のように自転車が与えられるのは,日本とアメリカぐらいかもしれない.子供用ミニカー,つまりペダルカーも日本ではちょっと余裕があれば買える物だったが,欧州ではまったく違う存在のようだ.
↑E.Bugattiの息子と孫.親子揃ってBugattiユーザー!
←20世紀初頭の代表的な大衆車Peugeot゛Bebe゛.Bugattiの設計で,上のペダルカーより安価だったかもしれない?
 例えば,Bugattiというヴィンテッジ期の名車を数多創ったメーカーの歴史を調べてみると,実車と見紛うほど立派なペダルカーを造っていた事が分かる.馬蹄形の有名なラジエタ−グリルから,当時としては画期的だった軽合金ホイールまで,驚くほど正確に造られている.
 ユーザーは,当然親たちが実車Bugattiのオーナーで,言うまでもなく王侯貴族か大金持ちに決まっている.既にクルマの大衆化は始まっていたが,庶民には庶民の為のクルマがあったし,Bugattiは彼等には全く無関係の存在だった.今で言えばFerrariより縁は薄く,仮に死に物狂いでお金を溜めたって,メーカーは売ってくれなかっただろう.ユーザーに,暖房付きのガレージを要求するようなメーカーだったのだ.

 他にも似たようなモノはあったが,普通の人々が気軽に買えるようなペダルカーは,多分無かったのではないかと思う.最近でも,インターネットのHPにはペダルカーを紹介しているサイトがあるのだが,大人が見ても欲しくなる程立派だ.当然相応に高価で,どう見ても庶民向きとは思えない.
 ついでに寄り道をするが,米国の場合は石鹸箱レーサーの伝統がある.駆動系はなくて坂道を駆け下る競争なのだが,一応操舵系は備えている.我国風に言えば,ミカン箱(昔は木製だった)に車輪を付けたようなモノで,当然手作りだ.少なくとも映画やTVでは,日本のようなペダルカーを見た記憶はない.

 あるいは,日本はクルマの庶民化が先進国
(?)の中では最も遅かったから,ペダルカーが普及したのではないか,とも考えられる.道路が“危険でない遊び場”だったから,ああいうモノの存在できる余地があったのではなかったか?マイカーの普及とペダルカーの姿が消えた時期とは,ほぼ一致しているように思えてならないのだ.                         (stupidcat)
(右→は,Bugatti社主エット−レのカリカチュア.彼は馬と乗馬をこよなく愛した.馬蹄形のラヂエーターもその証し.)
【蛇の足】
 余計なお世話だが,「2輪車」についてのアドバイス.自転車いじりを生業としていた経験から言うのだが,あまりお勧めは出来ない.壊れた時に修理不能な場合が多く,耐久性が低いから年下の子供への使い回しもきかない.資源活用の意味でも,ちゃんとした幼児車を買った方が世の為だ.ペダルカーが少なくなった理由には,これと似た原因もあったのではないか?と考えているところだ.先日某公園に,朽ちたペダルカーが捨てられていた….
(左上・左)これは“Bugatti”を模した現代のペダルカーだが,内部を見ると分かるように電動仕掛.メーター類まで本物のイメージを大切にしているのはさすが!だ.(上)は“MG”,他に“Bentrey”等もある.
 いずれも「それらしさ」は写真から十分伝わってくる.(置く場所があれば)大人だって2〜3台欲しくなるではないか!

※参照HP"PEDAL CARS FROM C.A.R. U.K."



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