“恋人たち…”
 バードウォッチングなどという酒落たことではないのだけれど,公園のベンチで野鳥を観察するのが日課だった時期がある.そういう場所での人間関係というのは,希薄ではないが押しつけがましさがない.例えば,知人の家で家族のアルバムやヴィデオを見せられ,ウンザリした経験は誰にでもあるだろう.そういったことは,まず無い.
 でも,時には相手の興味や嗜好をさりげなく探って,次の機会に見せたいものを持参する程度のことはある.ある日,たまたま手許にあったMonteverdiの古いLPレコードが話題になった.実はこの作曲家については全然知らないのだ…と白状したら,次の日に相手が持参したのが,著名な作曲家を網羅した書物だった.英文だったから内容はチンプンカンプンだったが,もちろん持ち主が解説してくれた.
 公園では,日常と非日常が交錯する.子供たちの歓声,散歩の犬たちに連れられた飼い主たち,野猫が鳩を狙い,メジロが花の蜜を吸いに来る,といった事柄が日常だ.next↓
 一方,非日常はというと…
 ある午後,まだ子供たちが現れるには少々早い時刻,若い男女が片隅のベンチで言い争っている場面に遭遇した.見える範囲にいたのは,彼らと,少し離れたベンチに座っていた老婦人だけだった.最初は,よくある種類の痴話喧嘩だと思っていたのだが,聞いているともう少し込み入った話のようだった.別に聞き耳を立てていたわけではない.青年の声は,離れたベンチにいてもハッキリ分るぐらい大きかったのだ.
 どうやら彼は,ムショ帰りらしかった.本人が言っていたのだから,多分間違いない.ヒョロッとした身体にあまり上等ではないジャケット姿の彼には,それほどワルのイメージはなかった.女性の方も,あまり上品ではないものの身奇麗な印象だった.ずっとうつむいていたから,長い髪に隠された顔は見なかった.彼女がうつむきっぱなしだったのは,青年がものすごい剣幕で怒っていたからだ.
 聞こえてしまった話を要約すると,こういうことらしい.彼は,彼女かあるいは彼女のごく近しい誰かをかばうために裁判を受け,短い期間ムショ暮らしをしていたようだ.ところが,入獄中に彼女が,あろうことかコトの発端に関わっていた(らしい)オトコと関係を結んでしまった,というのが大体の筋書きで,彼の怒りの原因らしかった.らしい,を連発するのは,彼の怒りがあまりに激しく,話の脈絡が十分とれていなかったためだ(こんな場面で,確認をとるわけにもいかないではないか!).
 彼女はまったく言い訳をしなかったから,多分青年の言う通りだったのだろう.ただうつむいて泣きじゃくるだけの若い女と,益々怒りを募らせる若い男.近くの役所の事務員らしい若くない女性も,お弁当を広げようとしていたのをやめてどこかに行ってしまった.先にいた老婦人も消えてしまい,いつの間にか公園には3人だけになってしまった.こちらも消えようか…とも思ったが,根っからのミーハーで野次馬だ.本来は密室で起きるこうした事件を,みすみす見逃す手はない!それに,激昂したオトコが怒りを態度で現す気配が感じられたので,場合によっては御上のオデマシを要請しなければならないかな,とも考えた.結局,若干の暴力はあったものの重大な事態には至らず,都合1時間程でドラマは幕を閉じた.next↓
 そう,その日の出来事は(当事者には悪いが)文字通りのドラマだった.穏やかな公園では,およそ滅多に見られない種類のドラマだったから,非日常の極致だったと言える.幸い彼らには,自分たち以外の存在はまったく意識に上らないようだったから,コチラも公園の点景でいられたのだ.
 困るのは,この逆の例だ.つまり人目をはばからない点は同じでも,むやみに仲が良いカップルが偶に公園に入り込んでくることがあるのだ.もちろん,そのこと自体をとやかく言うのが野暮だというのは分っている.しかし,植え込みの陰にもベンチはあるのに,なぜ近頃のカップルは四方八方から丸見えの場所を選んでイチャつくのだろうか?それも,小さな子供たちが遊んでいても平気,犬が飼い主を連れて散歩していても平気,小汚い中年男が隣のベンチで模型ヨットをいじっていても平気,なのはなぜだろう?もう少し目立たぬ場所を選んでもらいたいと思うのだが….
 唇を重ねたり,互いの身体をまさぐったりするのは,たいへんに気持ちが良い.ただし本人たちにとってはという条件つきで,これを性行為と呼ぶ.性行為は,ある意味で排泄行為に似ているから,第三者にとっては生理的な嫌悪感を抱かせる場合が多い.しかも,性行為や排泄行為の最中は完全に無防備だから,たいていの動物はさっさとすませるか隠れて行なうのが普通だ.更に言えば,性行為そのものが目的化してしまったのは人類とわずかな霊長類だけで,ほとんどの動物は子孫の繁栄の為に用が足りれば,なるべく早く切り上げる.特に弱い立場の鳥類などは,瞬間的にすませる例がほとんどだ.
 そんなカップルを見るたびに,犬の場合よくやる(?)ように水をかけたくなる.誰だって,他人がウンコをしているのを見せられたいとは思わないだろうし,性行為だって同様だ.まだ,大げさな喧嘩の方が,人間的で救いがあると思う.
 こうした悪口を「ヤッカミだ」と評する向きもあるが,当っていない.若い時代に全然モテずにオンナヒデリに終始していたのならともかく,当方にもそれなりの出来事はあった.ただし,暗い場所を選ぶぐらいのデリカシーはあったつもりだ.時代とともに価値観が変化するのはかまわないし,少々仲の良すぎるカップルが居ても悪くないとは思うが,幼児・小児が遊ぶ明るい公園で,性行為を繰り広げるのはやはり困る.しかも,せめて制服を着ている間は控える程度のデリカシーは持っていてほしいと思う.学生・生徒というのは,社会の恩恵で学問をさせてもらっているのだから,オノレの立場をわきまえるべきだろう.next↓
 ところで,今でも気になっているのが先に紹介したカップルのその後だ.上手く折り合いをつけて,その後は幸福になれたのだろうか?それとも?…オセッカイなのは承知しているが,何かの縁で行き会ってしまったのだから,ミーハーで野次馬としては気にするな!という方が無理だ.願わくば…                         (stupidcat)
【蛇の足】
 公園以外の場所でも,TVドラマさながらの光景に出くわしたコトがある.
 地元の人がよく利用する抜け道なのだが,朝夕は混雑し渋滞することが多かった.いつものように「早く流れないかナァ…」とうんざりして,ふと見ると歩道に乗り上げている白い高級車のトランクが開いており,中年とおぼしき女性が中の荷物をどんどん道端に放り投げているではないか!しかも叩きつけるように.
 きちんと化粧をしないと人前には出ません,といったタイプのなかなかの美形で,プロポーションも悪くない.柳眉を逆立てるというのはああいう形相を言うのだろう,エライ剣幕だった.怒っていてもやっぱり美人だな,などと呑気なことを考えていたのは部外者だけで,捨てられている荷物の持ち主はそれどころではなかった.這いつくばり,必死でカ
バンやら袋の類をかき集めていたのは,ちゃんとした背広姿の中年男だった.
 白状するが,同情の念はほとんどなかった.並んでいたクルマの中でこの光景を見物していた沢山のドライバーたちにしても,同じだったろう.男は美人の味方になりたがるし,哀れな中年男はいつだって悪者だ.彼にも事情があったのだろう.しかし,歩道で美人に荷物を投げ捨てられるからには,然るべき理由があったに違いない…と皆が考えたのは当然だ.
 残念ながら,どんなドラマが隠されていたのかは分らなかったが,少なくともこの事件に関してはその後が「全然,気にならない」.あの美人は,それなりの幸福を掴んだだろうし…中年男のことなんて,気にしたって始まらないではないか(時間の無駄というものだ)!




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