※「三題噺」は,客から題をもらって
  即席で物語を創る芸のことです.






四題噺
「鳩→蝦蟇→雉→?」

 バードウォッチングなどという洒落たことではないのだけれど,公園のベンチで野鳥を観察するのが日課だった時期がある.探鳥など柄では無いのだが,他に居る場所が無かったのだ.
 その公園では猫に餌をやる人はいるが,鳥にやる人は殆どいないので,幸い“土鳩
(どばと)”の数は少ない.幸い…と言うのは,土鳩が多いとその辺りが白い糞だらけになってしまうからだ.土鳩に恨みがあるワケではないのだが,幼児が遊ぶことの多い場所だから,出来れば糞公害は御免被りたい.もちろん,大人だって同様だ.池があるから水を飲みに群でやって来るのだが,猫が居るせいもあってか長居はしない.もっとも,猫が食べ残したキャットフードを食べに足許までやって来る図々しい奴も,たまには居るのだが.
 同じ鳩の仲間だが,“雉鳩(きじばと,俗称山鳩)”も時々やって来る.こちらも水を飲みに来るのだが,土鳩と違って非常に神経質で殆ど単独かせいぜいつがいだし,人には10メートル以上は近付かない.ご存知のように,土鳩は厳密には野鳥の仲間とは認められていないが,雉鳩の方は立派な野鳥で,行動も人馴れしていない.
 遠目には区別が着きにくいが,双眼鏡等でじっくり観察すると,名前に違わず実に美しい鳥であることが分る.羽根は,名前の通り雉を思わせるような青灰色と茶色のまだら模様だ.首の両側に黒と灰色のウロコ状の四角い部分があるので,似たような色合いの土鳩と区別出来る.鳴き方は遠慮がちだが,澄んだ声だ.土鳩と最も違うのは目付きの鋭さで,控えめながら強烈な野性を感じさせる.
 季節にもよるがペアで行動する事が多く,木の枝に仲良く止っているのを見かける.土鳩と違って,飛び立つ時のキコキコと骨格が鳴る音は殆どしないし,飛行性能はかなり良さそうだ.野鳥らしく飛び方も上手く,密集した枝の間を器用にすり抜けて行く.
 これは,土鳩には真似が出来ない芸当だが,反面地上ではあまり器用ではなく,歩き方も少々ぎこちない.水を飲む時は,他の鳥が集まる開けた場所は避け,猫等が近付きにくい岩場
(公園だから石組みだが)を恐るおそる歩いていたりする.そんな時が,探鳥屋には絶好のチャンスだ.
 鳥類図鑑によると,『留鳥として低地から山地の林に住み,市街地の庭や林にふつう』とあるから,全国的にポピュラーな鳥だ.ただし,一般的な知名度?は以外に低く,土鳩と区別せずに鳩一般と見ている人が多い.
 雉鳩ではなく,本物の“雉
(きじ)”の話だが,その昔某自動車メーカーのテストコースで,仲間の乗った試乗車が飛び出してきたのを跳ねてしまった事がある.車体に血痕が残っていた.可哀想な事をしたものだと思うが,何しろリミッター速度だったので避けようが無かったらしい.
 雉に関る思い出としては,山に登り始めた頃遭遇したある出来事を思い出す.
 梓川沿いから入る一般的なルートではなく,既に廃道になっているらしい道で,北アルプスのJ岳に登ろうという計画を立てた事があった.○○銀座などと呼ばれる有名ルートの雑踏を避け,静かな山行を楽しみたいという生意気な計画だったのだが,実質的な廃道だけあって行けば行くほど足許が怪しくなっていった.
 以前は道だったらしい…と,かろうじて分る状態が続いた後,遂に我々の進行を停止させたのは,狭い道を我が物顔で占拠していた蝦蟇(ガマ)だった.信じてもらえないかもしれないが,胴体が30cmもある蝦蟇が1m間隔で,ボテッ,ボテッという感じで並んでいたのだ.石を投げたが,ウンともスンとも言わない.無論,退いてくれるワケでもない.まさかこの先ずっと蝦蟇だらけとは思わなかったが,跨いで通るのも気持ちが悪い.
 あいにく相棒は,「他に恐いものは無いが蛙・蝦蟇の類だけは苦手なのだ!」と言い出す始末.焦げ茶色でブツブツした背中の疣は見るからに不気味で,3m以上は近付きたくない!という気持ちはよく分った.体力も時間もタップリ余裕はあったが,結局これ以上進むのを断念した.誰も通らなくなった理由は,厳然と存在したのだ.
 暇だからノンビリと下山を始めたのだが,しばらく歩くとすぐ傍の熊笹の茂みがガサガサッと鳴った.一瞬,歩みを止めた.野犬か?それとも…!?人気が無い場所だけに,二人とも胸がドキドキしていた.そしてもう一度,ガサガサッという音がしたと思ったら,ほんの数メートル先から飛び出したのは大型の美しい鳥だった.翼は恐らく1mくらいはあったろう,長い尾とアタマの赤い印が目に鮮やかだった.
 『
雉だ!』
 深い谷間に,鳥は音も無く滑翔して行き,二人の山屋は茫然と見送った.


 鬱蒼とした森を抜け,開けた場所に出た.手頃な岩場で,ロッククライミングの真似事などして遊んだ後,下山した.結果として,こんなにノンビリした山行は始めてだった.
 最初に見付けた萬屋で冷たい飲物を口にした頃には,それまでの鬱々とした気分も解消していた.店番の老人によると,我々が行こうとした道は廃道になって久しく,途中からはまったく通れなくなっていると言う.そして下る途中で出会ったのは雉ではなく,雉の仲間の“山鳥
(やまどり)”だと教えてくれた.
 ところで…,と老人が言った.あんたたち,蝮
(マムシ)を見なかったかね?我々は,否と答えた.今頃は,雌が子持ちの季節なので非常に危険なのだ,と言う.そして,途中の赤っぽい岩場が蝮の名所なのだ,と聞いた我々は思わず顔を見合わせた.つい30分前,岩登りゴッコをしていた岩場が,その場所だったのだ.背筋がスーッと冷たくなった.よく噛まれなかったなァ〜,と老人は感心してくれた.
 以来,我々がその種のルートを避けるようになったのは言うまでもない.
 
…『ゾクッ!』
       
                            (stupidcat)



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