Dr,あほうどりの
“きまぐれ的FF模型文化論”
連載第二弾
第四回
(vol.2 no.

 石井英夫
第7章 滑空比の極限、実機ソアラーの話
 滑空比の話はまだ続きますが、対象は一変して人間の乗るグライダー(実機ソアラ―)の話になります。こちらがまた、滑空比ではすごい世界です。レイノルズ数が、Rn500,000〜2,000,000と模型ヒコーキやあほうどりに対比して桁外れに大きいので、スパン15m級の競技用ソアラ―で滑空比40以上を実現しています。今年は妻沼で行なわれる大学対抗のグライダー競技会で、スパン18m級、アスペクト比28、、滑空比48という超絶的な新鋭機の滑空ぶりを見てきました。小生は実機グライダーの世界には詳しくはないのですが、空を滑空するものなら何でも好きなので、ここ20数年来、ほとんど毎年学生グライダー競技を見物に出かけています。滑空比問題にからめて、今年見てきた学生グライダー競技の報告を行なってみようを思います。

 利根川河畔に春がきて、堤に若草が萌え、ひばりが上がる季節になると、日本学生航空連盟と朝日新聞社共催の「全日本学生グライダー競技選手権大会」が埼玉県妻沼滑空場で行なわれます。今年は第41回、新顔のすごい高性能機が出場するというので、それを楽しみに3月7日、例年通りカミさんと一緒に見物に出掛けました。
 実機グライダー競技というのは、ホントに見物人には分りにくい競技です。毎年見物に通っている小生にしてそうなので、フラリと見に来た見物人には、どの機がフライトに成功して、いまどの大学が勝っているのか、まるっきり分らないんではないか。そのためか、くるまで行くには比較的ロケーションに恵まれていると思われるのに、見物人もまばらです。
 大手新聞社が主催し、埼玉県知事、文部科学大臣、国土交通大臣はじめ、そうそうたるお歴々が役員に名をつらねているオフィシャルな競技イベントであるにもかかわらず、そうなのです。それでも、ベテランパイロットによるアクロバット飛行などでショーアップされる大会開催日だけはいくらか見物も集まるようですが、あいにくと小生は開催日に行ったことがありません。これからは外部に向けてもっとPRし、競技内容も参観者に楽しんでもらえるように、主催者側も工夫しなければと、競技委員長であり指導教官でもある石渡利明氏が小生に述懐されましたが、何やら身につまされる話として聞きました。

 実機グライダー競技は距離競技で、その日の気象条件により、25kmコース、33kmコース、41kmコース、50kmコースなどの規定コースのうちからどれかが選択されますが、風上方向に1点、上空を通過しなければならない規定ポイントがあります。しかし、この規定ポイントがはるかに遠くて、春がすみのなかでは機影が消えてしまうために、追っている機体が首尾よく転回点を回れたかどうか、肉眼ではもちろん双眼鏡でも確認がとれないのです。  だから、ひいきの機体やパイロットの応援に力の入れにくい競技です。
 競技は大学別の対抗戦で、1大学からの出場は2チームまで、チームは1機につき選手3名助手2名の5名編成、そして団体戦と個人戦があります。
 フライトの回数制限はありません。協議時間内であれば、ひとりが1日に何回飛んでもいいのです。成功フライトは、所要時間が短いほど得点が高く、最高が1,000点、時間がかかっても成功フライトなら最低でも500点、そして規定コースを回れなかった失敗フライトは0点です。
 ウインチに曳かれて選手たちは次つぎと飛び立って行きますが、フライトの成功率はというと、極度に低いように見えます。とくに曇天でテルミック(グライダー屋の上昇気流の呼び方)が発生しにくい気象条件では、最短の25kmコースでさえほとんど成功しません。選手たちがいちばん怖れるのは滑走路にまで戻ってこれないことで、不整地への不時着だと、間違いなく機体を壊してしまうということです。そのせいか、選手たちはあきらめるのが早く、ダメと分ればサッサと降下着陸してきます。その中に、非常にまれな成功機もまじっているのですが、だヾ見ているかけでは見分けることができません。トライの成功率を低くしているのは、規定ポイントを回って戻ってくるだけでは成功フライトとはみなされず、フィニッシュライン(出発点と同じ)の上空を300m以上の高度で通過しなければならない、義務規定のせいです。ウインチに曳かれて、風上への上昇離脱高度がだいたい500〜600mぐらいですから、規定コースをこなして300mの高度で出発点に戻ってくるのは大変です。とくに強風下、風下から出発点上空に戻る区間が難儀のようで、ここで高度を失うケースが多いように見えました。風上に向かって足の伸びる、高性能滑空機の出番がここにあるのです。
第8章 滑空比48、LS−8型機出場の波紋
 学生競技では、参加機に制限規定はないようですが、小生がこれまで見てきた限りでは、参加機はすべてスパン15m級機ばかりです。そのなかで、高性能機の名をほしいままにしてきたのが、ドイツ製のディスカス型機で、アスペクト比は25に近く、滑空比43、見ただけで高性能機と分る優美な機体です。この機が数年前に、初めて慶應大チームによって導入されたときには、あすこは何たって金持ちだからと、他校の学生をうらやましがらせたものです。
 きくところによると、備品などを含めて機体価格が1,200万円、その後はつぎつぎとこの機の採用校が増えまして、法政大、名古屋大の1機づつに慶應大の2機を加へて、今年のディスカス型の参加は4機ほど。ほかにも輸入はしたものの練習中に破損、出場をとりやめた大学もあるということです。

 高性能機ならばディスカス型と、誰にもそう思われていたところ、今年はものすごい高性能の新型が登場しました。 ドイツ、ロラデン・シュナイダー製LS−8型。スパン18m、アスペクト比28、滑空比48という触れこみの新機です。操るのは芳賀クンという日大4年生ですが、どうやら日大の持ち物ではなくて、OBからの借り物という話でした。 なにしろ搬送具など備品込みで1,500万円と高額の機体、なにやら他校の学生たちの、この機を見るまなざしの独特なこと。小生も特別にこの機に興味があったので、張りついて取材もし、飛行ぶりにも注目しましたが、以下に見たままの印象を記します。
 出発を待って待機中の列機のなかでは、スパン18mとひときわ目立つ長い翼を持ってはいますが、特に翼面積が大きそうでもなく、大型機という印象は受けません。しかし、何といってもアスペクト比28と細長い翼が異色です。 中央翼根部の翼弦長が目測では1m足らず、翼端部に至っては約25cmとラジコン機なみの細さです。そして驚くのは翼断面の薄いこと。翼厚は20%以上ぐらいの知識しか持合わせない小生には、この思い切った薄翼は驚異でした。この細長い薄翼にして最高速は280km/時とのことで、フラッターは起しませんかとの小生の問いに、それは大丈夫というのが石渡教官の答えでした。翼材料はカーボンとケブラーの混合で、翼内部はまっ黒だとのこと。
 最近はディスカス型もウィングレットタイプ1色に揃ってしまいましたが、このLS−8型にも立派な翼端板がついています。小生はロングスパン機のウィングレット効果にはそれほど信を置いていないのですが、パイロットである選手たちにこの点を尋ねると、効果はよく分からないというのが大方の答えでした。なかでひとりの学生から、テルミック中の急バンク旋回時に感じが違うようだという感想がきけました。このことを石渡利明教官にただしますと、揚力係数を大きくとる急旋回時には誘導抵抗も大きいので、それはあるんじゃないか、直進滑空時の効果については分からないと、そういう話です。翼端ウィングレットは、着脱自在で、両用に使えるようです。

 さて、滑空比48というLS−8型機の実際の飛行ぶりについてです。この日パイロットの芳賀クンは1回だけ成功飛行を行なって、そのあと機体を片づけてトライをやめてしまったので、1回の飛行を見ただけですが、強風をついての前進滑空では、ナルホドと思わせるものがありました。向かい風滑空では、滑空性能が悪いとどんどん高度が落ちてしまいますが、この機はさすがに高度を落しません。それで小生が、こういう高性能機が増えてくると、競技が楽しみですねと、石渡教官に声をかけたところ、しぶい顔の石渡氏から意外な答が返ってきました。技能の競技が本来なのに、機材の競技になっては、この後競技の正常な運営に支障をきたしますと。小生、部外者の気楽さから、アサハカなことを言ったと、すぐ反省しました。そう言われれば、滑空比30を超えそうかどうかという機体が、ずいぶんと参加しているのです。LS−8型の芳賀クンが、今回あまり勝ち過ぎるようだと、次回からはハンデ戦も考えに入れなければ、というお話でした。芳賀クンは今回の競技では遠慮したのかどうか、優勝はなくて、3位か4位に終わったようです。

 「全日本グライダー競技選手権大会」の報告は以上で終わりますが、滑空比48ぐらいで驚いてはいけないと、石渡教官に言われてました。正確なメモを取らなかったので、機種も諸元もあやふやですが、スパン26m、滑空比52とかいう機体が1機、日本のどこかに入っているという話です。そこに一人の学生が話しに割り込んできて、ドイツでは今、スパン30m以上、滑空比60以上という超高性能機を開発中なんだと。日本は技術はあるんだけれども採算が合わないためにやれず、いま実機グライダーではドイツの天下で、製作コストの安いポーランドが続いているのだそうです。
第9章 “ダイナミックソアリング”通説への疑問
 滑空の話ばかり続きましたが、空を飛ぶものなら何でも好きな小生は、もちろんエンジン付きの本物の飛行機も好きです。戦闘機好きだった少年時代みたいには、いま軍用機マニアではありませんが、実用技術の粋を集めた大型旅客機には、また別の関心をもっています。
 しかし、鳥でもない人間が空を飛ぼうとするなんて、神を恐れぬ所業ではあるまいかという疑心はどこかにありまして、300トンもの金属のカタマリが空を飛ぶなんてあれはきっと何かの間違いだと、そう固く信じています。
 ま、間違いでもいいから、せめて上手に間違い続けてくれよと、いつもそう願っている飛行機好きですが、たまには大型旅客機の離陸上昇シーンが見たくて、東京湾の人口の島、京浜島に出かけたりもします。小生がいくら飛行機好きでも、この道の先達には及びません。人から聞いたか、何かで読んで仄聞している故木村秀政教授の話。
 何かの所用で関西方面に出掛けようという時、同行の側近者に、
 「先生、今日は新幹線で行きましょう」 といわれて木村センセイ、
 「ナニ、新幹線、キミあんな危ないものに乗れますか」
と仰せられたという。木村秀政センセイ(当時は帝大助教授)は、模型ヒコーキ少年時代の小生の師(心の師ですね)でありまして、この連載が続くようなら、また触れさせていただくことがあろうかと考えます。

 横道にそれましたが、またあほうどりの話に戻ります。
 滑空得意な鳥でも、あほうどりとトンビなどのワシ・タカ類では、飛翔様式がまるで違います。あほうどりは上昇気流をとらえて、輪をえがいて上昇することはしませんし、ワシ・タカ類は海面上を(あるいは地表を)舐めるように低く滑空するなんてことはしません。両者は海鳥と陸鳥という違いのほかに、飛行体としての機能が違うように作られていると思われます。小生はどちらの鳥の滑空を見るのも好きですが、どちらの鳥の滑空にも疑問に思うところがあって、その解答は自分で考えても分らず、本にも書いてなく、まして、分っていそうな人に訊くこともできません。それで長いあいだモヤモヤして精神衛生上にも悪いので、思い切ってここに書くことにします。
第10章 あほうどりは何かやっている筈だ
 第1の疑問は、“ダイナミック・ソアリング”と呼ばれる、あほうどり独特の滑空様式の解釈についての疑問です。“ダイナミック・ソアリング”については、あほうどりを扱った大概の記事にはオマケとしてついていて、たぶん原典は欧米の学術書だと思われますが、どの本にも原典まるごとコピーのように書かれている、解釈の仕方に小生は納得出来ません。あほうどりは、英語のSの字を崩したような軌跡を画いて、海面上を舐めるように滑空しますが、それが“ダイナミック・ソアリング”で、海面上の波頭と波頭のあいだに出来る空気の粗密の差を利用して、まったくエネルギーを消費せずに滑空を続けていられるのだ、という解釈がそれです。小生はあほうどりの滑空様式を“ダイナミック・ソアリング”と呼ぶのには何の異論もありませんが、エネルギーを使わずに、というところに異論があります。ものの本には、“ダイナミック・ソアリング”が出来るのは、あほうどりとグンカンドリぐらいだとかかれていますが、いくらあほうどりが超絶的な滑空能力の持ち主でも、エネルギーなしにだなんて、そんな永久運動じみたことは不可能だと考えています。あほうどりは、人間の眼にはそうとは見えないけれども、羽ばたき?に替わる、何かをやっている。つまり、なにかしら巧妙で効率的なエネルギーの放出を行なっている、そうみています。“ダイナミック・ソアリング”の原典書らしいものには、もっともらしい空力理論でハクづけされていますが、どうも小生はこの手の理論を信用する気になれません。それよりも、そんなことが可能かどうか、実験してみたらどうかと考えます。現在の高性能ラジコングライダーなら、滑空性能はあほうどりと同等か、もしかしたら超えている筈だから、ラジコンの操縦名人に頼んで、海面上で験してみたらいい。海面上ではイヤだというのなら、風わたる稲田でも麦畑でもいいのではないか。もしかしたら、小生のほうが間違っているのかも知れませんが、以上が長いあいだ抱きつづけている“ダイナミック・ソアリング”についての疑問です。実証のない理論や通説は、そのまま信じたくない、それが小生の基本的な姿勢です。
第11章 トンビの翼端、風切羽根がわからない
 日当たりの良い大川の川べりで、草地に寝ころんで輪を画いて上昇するトンビの滑空を眺めるなんてのも、小生の快楽のひとつですが、トンビの滑空についてもわからないことがあります。八ツ手の葉っぱのように開いた、あの翼端は何なんだ、どういう効果があるんだというギモンです。あほうどりやかもめのような海鳥は、翼端がきれいな形にすぼまっていますが、陸鳥であるワシ・タカ類は、大かたは翼端の風切り羽根がバラバラに開いています。ワシ・タカ類も滑空には自信がある鳥で、よくよくやむを得ない場合以外は羽根を羽ばたく?ことをイヤがりますが、滑空が特異なように進化した鳥なら、翼端形状にはそれなりの空力的な理由がある筈で、どういう仕組みになっていて、どういう空力的機能を果しているのか、それが知りたいと、ずっとそう思い続けてきました。もしそれが有効なら、模型ヒコーキにも利用しない手はないと、そう考えているからです。ワシ・タカ類の多くはあほうどりと違って幅広の縦横比の小さい翼で、それだけに大した滑空比性能ではないと思われますが、あの独特の翼端形状にはもしかしたら、大きな誘導抵抗を削減するウィングレット効果があるんではないか。そんな想像をしてみたりもするんですが、さてどうですか。下手に模型ヒコーキで験してみたら、メチャクチャな結果になりそうで、敢えてやってみる勇気はありませんが、何事であれ自然界の物事には神の手が働いて、小賢しい人智の及びがたい神秘がかくされているように思われます。あほうどりと違いトンビの滑空は、いつでもどこでも見られますので、似たような感想をお持ちの方が居られるかも分りません。なにかの解答をお持ちの方、ご教示ねがえたら幸いです。(この項・完)
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