Dr,あほうどりの
“きまぐれ的FF模型文化論”
  連載第二弾
     第二回
  (vol.2 no.2)
  
 石井英夫
 2章 【あほうどりの「滑空比14〜18」説,不愉快です】
 あほうどりの飛ぶ飛翔空間と人類の棲息空間が交差しないという地理上の理由からか、鳥類図鑑などを調べてもこの鳥に関する記載は少なく、あほうどり狂いの小生を満足させる出版物にはなかなか出合えません。しかし、いっときは絶滅宣言が出されて居なかった状態から、いまでは1000羽を越えるまでに復活させ得た、感動的な繁殖成功物語なら、いろいろ書かれているので読むことが出来ます。
 それはもちろん喜ばしいには違いないことですが、小生のいちばんの関心事である、この鳥の飛翔能力に触れる記述が見当たらないのは、どうしたことか。
 翼幅(生物の本ではなぜか翼長)、翼面積、翼縦横比(アスペクトレシオ)、翼断面形(翼型)、重量、翼面荷重、滑空速度、滑空比、滑空沈下率など、少なくとも滑空比については小生の最大の関心事ゆえ、是非とも知りたいのですが、生物・博物学関係の本には、こういう方面のことは書いていないのですね。
 われわれのごく身近なところでも、滑空得意な鳥はほかに陸鳥でワシ・タカ類など(トンビもその仲間)数多く見かけますので、こうした鳥たちについては、滑空能力関係の記載がちょっぴりぐらいはあっても宜しいんじゃないかと思うんですが。
 それでも最近になって、あほうどりの滑空比について書かれた本がようやく見つかりました、「海と船と人の博物史百科」(佐藤快和(よしかず)著、原書房)で、うれしいことに開巻第一の項目が「あほうどり」で始まっています。ところが嬉しくないのは書かれた滑空比の数値で、あほうどりの滑空比は14〜18ぐらいとあり、これが小生にはショックでした。低く見積もっても20以上と踏んでいたからです。滑空比14〜18なんていうのは、最近のF1Bゴム動力機レベルですから、わが友(恋人か?)あほうどり君も安く見くびられたもんだ、滑空王者の名がすたる、どこからそんな数字が出てきたんだろう、と小生イカリ狂いました。何気ない1行が人間を不幸につき落すことがあります。この数値に出合って以来、小生の人生怏怏として楽しまないのです。
 3章 【「滑空比14〜18」説に反論する】
 滑空比14〜18という数値は、想像するにこの本が初出ではなく、著者には失礼ながら然るべき欧米のネタ本から取られたものかと思われますが、もしそうだとするとすでに生物学界の通説になっているのかも知れません。そうであるなら尚のこと、あほうどり一家の身内である小生としては、黙っているわけには参りません。あほうどりの名誉のために、弁護に立ち上がろうと思います。じつはもうひとつ,あほうどりの飛翔方式「ダイナミックソアリング」について、生物学界の通説に反論を試みたいことがあるのですが、それについてはまた後で書きます。勇ましいことを言ってみても、小生に反論の根拠になる実証的なデータの持ち合わせがあるわけではありません。けれどもその点なら、生物学界だってご同様と思います。なぜなら、あほうどりに頼んで実験に協力してもらうなんて、望んで得られるものではないからです。ずいぶん昔のこと、あほうどりを剥製にして風洞に吊るしてみたら、という案を見かけたことがありますから、もしかしてそれ位のことは試みられたことがあるのかも知れませんが、それは確かに実証的なようでも、生きた人間のデータをミイラに求めるに似て、本物のあほうどりとは別物のデータに過ぎないと考えます。
 小生の手の内にあるのは、これだけはまぎれもなく実証的な長年にわたるFF模型ヒコーキ人生での経験と、その周辺の知見だけです。わかっているのはそれだけ、あほうどりについてはデータ無し。いささか心もとない気もしますが、こうなればあとは勢いです。あほうどり君の滑空比性能は14〜18なんてレベルではありませんよというのを、ガンバッて論証してみようと思います。
 この文の最初に、今回は文化論ゆえ技術論めいたことはやらないと宣言しました。ですが話の行きがかり上、ちょっぴりだけ禁を破ります。滑空比問題というのは空力(エアロ・ダイナミックス)論議を避けて通れないからです。すこし寄り道にはなりますが、しばらくの空力の基礎講義のあと、またあほうどりの話に戻りたいと考えます。
 4章 【「レイノルズ数」の力】
 小生の技術論ではいつものスタイル、滑空比とは何ぞや,というところから話が始まります。
 滑空比は滑空進行する距離と、進行区間に沈下する高さの比ですが、通常は話を簡単にするために、滑空比=揚抗比として一諸に扱われます。揚抗比というのは、翼または機体全体の揚力成分と抗力成分の比で、L/DあるいはCl/Cdと書かれますが、厳密にいうと滑空比と揚抗比はイコールではありません。平べったい直角三角図形を想像してもらえば分かる通り、斜辺の長さと底辺の長さの違いで、滑空比10以上なら無視して差支えない誤差レベルです。最近教科書問題で話題の、「円周率」が「3」で間に合うかどうかの話とは違います。
 さて、飛行物体の滑空性能に影響を及ぼす空力要素を3つあげれば、1.翼断面性能(翼型)、2.翼縦横比(アスペクトレシオ)、3.通過空域のレイノルズ数(Rn数)となります。これらは相互に連動する要素(パラメータ)関係にありますが、とりわけ重要なのが、何事にも口を出して仕切ろうとするレイノルズ数です。“はじめにレイノルズ数ありき”でも“すべての道はレイノルズ数に通ず”でもかまいませんが、空力を論じてレイノルズ数を言わないのは、論そのものが無意味というくらいのものです。実機も模型ヒコーキも鳥も昆虫もそれぞれのレイノルズ数域を飛びます。
 言うなれば“郷に入れば郷に従う”ならいで、すべて空を飛ぶ生き物は、飛ぶレイノルズ数域に適合すべく進化しました。しかし、われわれの模型ヒコーキのレイノルズ数域は、安定しないかなりトリッキーなレイノルズ数域です。以下しばらくは、空力を支配する「レイノルズ数」の力の話になります。
 そこで「レイノルズ数」とは何ぞやですが、感覚的に分り易く言えば、物体が空中を移動する際の空気流れのネバッこさを表わす数値です。物理学方面では、流体(水や油などの液体についても同じ)の動粘係数を表わす数値として知られます。模型ヒコーキ屋はそんなことは知らなくても良いのですが、レイノルズ数が大きいとは空気流れがサラサラなこと、レイノルズ数が小さいとは空気流れがネバネバなこと位、即座にイメージ出来るようでないといけません。
 というのは、通過空域に性質がサラサラかネバネバかで、翼表面の空気流れが一変するからです。
 FFモケイヒコーキのレイノルズ数域はRn=20,000〜Rn=50,000あたりですが、このRnかいわいは異常に特性変化が急で、「臨界レイノルズ数域」と呼ばれます。同じデザインの模型ヒコーキが大きさが違うだけで性能大差なのはこのためで、Rn40,000での優良翼型がRn20,000ではまるでダメ翼型なんて珍しくありません。
 レイノルズ数は空気密度や気温などにも関係がありますが、海抜0メートルの標準大気の場合、進行速度V(センチメートル/秒)×翼弦長C(センチメートル)×7で計算されます。たとえば、速度5m/秒、翼弦長10cmなら、500×10×7=35,000で、だいたいこのあたりが標準的なFFモケイのRn値です。それではあほうどりの飛ぶRn値はどの位か。それが分らないので、これからの検討課題です。
 あほうどりの翼特性に行く前に、ひとつ問題があります。あほうどりの滑空比問題を翼特性だけで論じて差支えないかというとこ。生き物であるあほうどりは、頭部から胴体、尾部へかけて、これはどうみてもFF競技機ほどにはスリムな形態とはいえませんから、ここの抵抗分がどうだということ。さあ,あほうどり君どうしましょう。小生の見解はこうです。 そんなことはあほうどりは百も承知、滑空のスペシャリストであるあほうどり君に委せて、抵抗最小のスタイルで飛んでもらうことにします。要するにあほうどりの滑空比問題は、あほうどりの翼特性だけで結着をつけて差支えなかろうということです。
                                              (以下次号)

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