ヒヨドリHypsipetes amaurotis(Temminck)ヒヨドリ科
  






  空中戦

 バードウォッチングなどと言う洒落たことではないのだけれど、公園のベンチで野鳥の観察を日課にしていた時期がある。
 こう書くと聞こえが良いが、別段記録を取るでもなく、もともと風流な事とはとんと縁が無い野暮天だから、和歌や俳句を詠むでもなく、勿論絵などは描く気も能力も無い。
 ただほんの一時だが、写真を撮っていた。元来、被写体としては遊んでいる子供の方が得意科目なのだが、野鳥というのも撮っていて結構面白い相手だ。なんたって子供と同じで、撮る側の都合を全然考えてくれないからだ。
(…子供もピースサインを出すようになったら、被写体失格だが。)

 ファインダー越しに眺めていて、個人的にいっとう気に入っていたのがヒヨドリ
(「鵯」という漢字は、古いWordの辞書には無かったのだが、最近のバージョンでは使えるようになっていた)というヤツだ。何処にでも居る野鳥の中では、最もチャーミングだと今でも思っている。
 "似非探鳥屋/撮影者"なので、他の地域の事はよく知らないのだが、鴉・土鳩・雀の御三家を除き、一般市街地で最もポピュラーな野鳥と言えば、椋鳥(ムクドリ)が筆頭だろう。全国的に、「多い・汚い・喧しい」と、評判はあまり芳しくないようだ
(“むくどり”という言葉は、その昔「田舎者」といった侮蔑的な意味に使われた)。続く二番手以降は、地域差がありすぎて順位を付けるのは難しいだろうが、ヒヨドリは大抵の場所で上位に入る筈だ。ただ、椋鳥と違って人の生活への迷惑度は低いようだから、探鳥家以外には意識されることが少ない。
 サイズは、野鳥の分類では中型とされ、雀と鳩の中間ぐらい。全体にスマートで、尾が長い。頭の後ろの毛が少し逆立って見えることがあり、羽毛は全体的にグレーの濃淡だが、目のまわりが褐色なので、顔だけ見ると日本猿のイメージもある。と言って愛嬌がある訳ではなく、むしろ野生の猿の精悍さを感じさせる面構えだ。
 この鳥をチャーミングと言った理由は、その面構えが行動パターンにピッタリで、見る者を楽しませてくれる事が多いからだ。
 例えば夏の午後。けたたましい鳴き声に驚いて目をやると、大きな蝉が命からがら逃げまどっているのを、ヒヨドリが必死で追いかけている。さながらプロペラ機時代の空中戦といった有様で、ほんの十秒くらいだったが、これはオモシロイ見ものだった。でも、どう考えてもあんなにデカイ蝉を食べられるとは思えなかったのだけれど…。
 同じ空中戦でも、鳩を追い掛け回す光景は、何度も見かけた。自分よりふた回りは大きな鳩なのに、ものすごい剣幕だったから相手はタジタジ、完全にヒヨドリの方が優勢だった。一度など、数十メートルも追い掛けるのを見たことがある。この場合は、食欲とは無関係な筈だ。誇り高いというより、向うっ気が強くて喧嘩っぱやい、と言う方が当たっている。テリトリーの主張が強い性格のようだが、適度に住み分ける知恵が無いワケでもない。たまたま鳩が、雛の居る巣に近付くといったマヌケな真似をしたのだろう(土鳩は、鳥の中ではかなり無神経なヤツだ、と感じる事が多い)
 水浴び場の池でも、こういう性格は態度に現れる。普通の鳥達は、゛足の着く深さで、なるべく岸辺゛を選ぶ。臆病な子供にちょっと似ているのだが、ヒヨドリは腕白小僧を地で行く感じだ。バタバタとホバリング状態から、思いきりよく水に飛びこんでしまう。当然、体力やテクニックに自信が有るのだろうが、見ていても危なげは無い。潔いと言うのか、とにかく落語に登場する江戸っ子みたいな印象なのだ(ちょっと誉め過ぎかもしれないが、マヌケな土鳩が真似をして?溺れかけたのを、目撃した事もある)
 ただしヒト等の外敵に対しては、わりあい神経質だ。近寄っても平気で餌を突ついている土鳩や椋鳥よりは用心深いが、雉鳩や尾長のように無闇に臆病というワケでもない。一応の距離は保ちつつ平然としている様子は、例えば白鶺鴒(←)とも共通している。だから、ちょっとした事でバタバタと逃げ出してしまう心配はわりあい少ない。長めのレンズを構えた素人写真屋にとって、有難い相手ではある。
 体色はグレーの濃淡で、これが写真を撮ってみると曲者だ。つまり、今風のロービジ塗装みたいなもので、公園の風景に素直に溶け込んでしまう。鳥類一般や他の動物達の視覚がどうなっているのかは知らないが、人間の眼で見る限り、カムフラージュは成功している方だろう。故に、ピント合わせは難しい。もっとも一旦ピタリと合えば、思いの他カワイイ眼をしていることに気付く。

 カタチや色彩からは、現代のF−15辺りを連想させる。が、実際に“空中戦”を見せつけられると、これはどうしたってレシプロ戦闘機だ。"五式戦"の名を当てたら……ちょっと誉め過ぎだろうナァ、やっぱり。          (StupidCat)
【注…蛇の足】鵯のこぼし去りぬる実のあかき(蕪村)
 佐貫亦男先生が、渾名を持たない五式戦を『百舌(もず)が適当だろう』と書かれていた。あいにく百舌の生態は観察したことがないのだが、“鵯”も悪くないと思う。F−15の“鷹”は、いささか荷が重すぎるという気がする("禿鷹"ならピッタリ、なんて悪口は言わないが…)。
 HLGのネーミングとしても、"鵯"は悪くないと思う(…少なくとも“ホロアホウドリ”⇒よりはマシ?だろう)。もっとも最近は、鳥の名前をHLGに付けるのはあまり流行らないようだ。
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