“前向きに対処したい…”

 バードウォッチングなどという洒落たことではないのだけれど、公園のベンチで野鳥を観察するのが日課だった時期がある。たいていは何も考えてはいないのだが、時々ふっと昔読んだ本の一節を思い出したりする。例えば…
 『九七戦から、隼、鍾馗、疾風まで一貫して採用されている前縁が直線で、後縁がテーパーした主翼の意味を質問したとき、それは翼上面高部で翼端から付根に向かって流れる速度(付根にちかいほど上面負圧部が広いから、翼端から流れ込むため)を形成して剥離を止め、翼端失速を防いで補助翼の利きを保つ目的だと、いとも簡単に説明してくれた。』        (佐貫亦男著「続続飛べヒコーキ」)
 …などという部分が、(正確に、ではないが)何の理由もなく浮かんできたりする。別段、目の前に舞い降りた鳥が翼を前方に展ばしていたから、というわけではない。白状するが、航空力学とか、流体力学とか、そういったムズカシイ学問には縁もユカリもない…が、いささかの興味だけはある(@)。モノが宙に浮く、浮力ではなしに揚力で浮いているのが、面白くてしかたない。だから、飛ぶものはたいてい好きなのだ。
 ヒコーキ、特にWWUで活躍した機体では、やはりゼロ戦のバランスのとれた美しさには脱帽せざるを得ないと思う。ヒコーキに興味のない人にも、この機は魅力的に写るらしい。故に、マニア好みではないとも言えるのだが、日本機の代表選手はやはりこれしかあるまい。
 ただし、ちょっとだけ通好み?という条件を付けると、陸軍4式戦疾風あたりが高い点数を獲得するのではないかと思う。ゼロ戦や隼、飛燕に見られる甘さ
(A)が完全に排除され、研ぎ澄まされた兵器特有の緊張感が漂っている。海軍でこれに匹敵するのは、彩雲あたりだろう。贅肉を削ぎ落した、という表現は疾風や彩雲のためにある言葉だ。
(←ほぼ直線翼のHawkerHurricaneだが,尾翼には僅かな後退角を与えている)
 ともあれほとんどのWWU機が、最大翼厚部(B)を直線とした翼平面形を基準としているのに対し、中島とくに小山悌氏の設計は前に引用した如く、前縁を直線とした平面形をきわだった特徴としている。ヒコーキは形態が直接性能に結びついている場合が多く、"高性能なものは美しい"というセオリーがそのまま成り立ちやすい(もっとも、美の基準をウンヌンし始めたらキリがないから、ここでは好みの要素も含めて考えることにする)。
 前進翼と後退翼を区別する基準は、一般的には最大翼厚部(風圧中心?C)が機体の前後方向の中心線に対して前後どちらに傾いているで示す。ほぼ直角なら、直線翼と呼ぶ(特に明記しない)。ゼロ戦等が好例で、現在でもプロペラ機の多くはこの形が多い。一方ジェット機は、一部の比較的低速機を除くと、後退翼が主流だ。理由は、速度と抵抗の関係らしい。朝鮮戦争当時、直線翼のP-80が後退翼のMig15を相手に苦戦し、F-86を投入してやっと形勢を逆転させた話は有名だ。    (航空の黎明期に誕生した無尾翼機も大きな後退角を持つ→)
 設計・製作は、直線翼が単簡だ。前進/後退翼では、負荷が翼をねじる(ひねる)方向に働くが、最大翼厚部を一直線にすればその心配はほとんどない。翼の上下方向の曲がりは飛行性能にあまり影響を与えないが、ねじれは大敵だ。極端に軽く作られる模型の室内機(D)では、翼自体の発生する揚力でねじれを生じてしまうことがある。そうなると、当然マトモには飛ばない。実機では、もちろんそれほど極端な現象は起きないが、前進/後退角が強ければ翼にねじれ方向のストレスが生じる。もっとも、最近では新素材が多用され、全金属製の時代より設計は楽になっている。
 同じ模型ヒコーキでも、アウトドアで飛ばす種目では概ね強度に余裕があるから、翼の平面形はかなり自由に選べる。ただし素材が木と紙だった時代には、高速時に起きる振動の問題があって、やはり直線翼の方が構造的には安定していた。また前/後退翼機の重心位置の設定は、計算が少々ややこしくなるのは仕方がない。実機やRC機などはある範囲で決まっているからいいが、フリーフライト機では適正範囲が設計の考え方によって大きく変化する(E)。風洞実験もできず、確立された計算根拠もない(F)ので、トライ&エラー方式で決めることになる。
(←典型的な50〜60年代の後退翼機F-8.写真はNASAデジタル・フライ・バイ・ワイアDFBW実験機)
 HLGに限って言えば、現在は若干の後退角を持たせた平面形が主流のようだ。後縁をほぼ直線とし、前縁をゆるく後退させているので、当然最大翼厚部も若干の後退角となる。前記のように、上反角との関係もあり、動翼部を持たない機体を上昇からスムーズに滑空に移行させる必要のあるHLGでは、カエリ特性の問題も絡む。それこそ、トライ&エラーの結果が現在のHLGの形態を導き出したのだろう。
 …がしかし、あくまで個人的な感想なのだが、後退翼機には、いまひとつ形態的な"緊張感"が希薄だと思うのだが、いかがなものだろう?ただし、これは単純に好みの問題ではある。しかし上昇から滑空に移った直後の、緊迫感と安緒感の交錯する瞬間に見せる(FF機特有の)“美しさ”は、前進翼機の方が優っているのではないか…と、前々から考えている。
 それは、獲物をねらう猛禽類のイメージなのかもしれない。あるいは、土ぼこりの前線基地から飛び立つ疾風を仰ぎ見る、“整備員達の感情”につながっているのかもしれない。今時のジェット戦闘機には、この感覚は乏しいだろうし
(G)、そのことが後退翼機に感情が動かない理由かな、とも思う。いずれにせよ模型機、特にFFでは、我々の立場はあくまでもビルダーであり、メカニックであって、パイロットではないのだから(H)
(ところで、タイトルの『前向きに…』は、前進翼のイメージで付けたのだが、本文とは直接の関係はありません。一般にはエライ人達の常套句。要するに「実際には何もしません」の意。もちろんヒコーキ屋は、常に『前向きに…』だ)               (stupidcat)
【蛇の足…注】
@だから,佐貫亦男先生の著書は最愛読書になる/A形態的な優しさ,と言い換えた方がいいかもしれない/B実機では翼弦の前から30〜35%程度が普通だが,WWU後半には35〜45%の層流翼が登場した/C“空力中心”というポイントもあり,学の無い筆者のような者を混乱させる/D一部の室内機種目では重量制限がなく,かつ張線が禁止されているので強度バランスが難しい/E尾翼にも揚力を負担させる設計なので,実機や他の模型機種に比べるとかなり後方に設定される事が多い/F実機では,ほとんどの要素を事前の計算で求める事が可能だが,FF模型機では現在の処無理/Gアッと言う間に見えなくなってしまうから…/Hパイロット役の自律機能を「躾る」のは,もちろん製作者の責任だ
【蛇の手】                                   (鰻犬)
 前進/後退翼機を設計するとき,前または後縁を単純な直線にしてしまうと,実際に組みあがった状態では前進/後退角が強調されすぎる。特にFF機は上反角が大きく,しかも2〜3段とする場合が多いから,例えば前進翼では見る角度によっては直角以上に前方に折れ曲がって見えてしまう.
 そんな時は,翼端部分に僅かな後退角を付けてやれば視覚的にはまとまりが良い.翼弦が同じなら面積は変らないし,HLGの場合は工作も単簡だ.
 例えば,Launchersのワンメイク例題機「チビ太」は主翼に外翼に前進角,尾翼に後退角を与えられている.翼弦方向の寸法はそのままで,主翼外翼前縁に2_の後退角,尾翼後縁に1〜2_の前進角を与えると,形態的にはずっと“姿が良く”なる筈だ…参考までにコチラを
 もっとも「チビ太」競技では,翼各部の寸法はオリジナルに忠実に従う事になっており,厳密にはルールに抵触してしまうおそれがあるのだが….オリジナル機の設計では,一度試していただければと思う.…参考までにこちらを

  Bugatti 100P
  典型的な「前進翼」機.Vテール+ヴ
  ェントラルフィン,ミドシップ・タンデム
  エンジン,二重反転プロペラ,特異な
  フラップ等々…あまりに時代先駆けて
  いたために,試作はされたが,活躍の
  機会は無かった.詳しく知りたい方は
  こちらを覗いてみてください.