第二回 ■■■■■■■■■■

◆いまはなつかしい芝地方式
 正解は一つとは限らない、やり方はいろいろあるよとなれば、気分はずいぶんラクになります。
 それは今だから言えるので、現役時代はそうではなく、まぼろしの正解手を求めた時期がありました。小生の方針は一発主義、つまり機体一機にプロペラ1セットで、つねに1発狙いでキメることに賭け、数を作って取っかえひっかえ験すことは考えません。設計には関係ありそうな諸要素を考えつく限り洗い出して、これに優先順位を与え、それぞれプラス効果とマイナス効果を勘案して落としどころを探ります。巻き数が決まれば飛行速度とゴムトルクからプロペラ回転速度(つまりモーターラン)とピッチを割り出しますが、設計図を書いたあとでもブレード幅その他で多少の修正は出来ます。自慢するようですが、狙いの回転数に収めるのは、小生の得意ワザの一つでした。ところが、小生とはまさに逆方向のやり方で成果をあげている人がいました。
 古い話になりますが、1970年代の中ごろ、練習地が多摩ニュータウン造成地時代の小生のF1Bメイト、芝地正履氏です。芝地氏はプロペラでも機体でも工作をぜんぜん苦にしないタイプで、ひところは毎週のように新作プロペラを験している時期がありました。あるとき氏のお宅へお伺いした時のことですが、寸法も形も違うプロペラが10何セットも引出しのなかからぞろぞろ出てきて、このプロペラはモーターラン何秒で上昇はこれこれ、こちらは・・・・というぐあい、それぞれの特性がちゃんと仕分けされて、頭にインプットされているようでした。
 だから・・・といま小生は考えます。プロペラなんぞは各自が体質に合ったやり方で好きなようにやってよいのだと。その意味からすると、小生などはプロペラを理詰めに追う気分が強いのですが、これが小生の体質なので、べつにこれでなければと考えているわけではありません。

◆プロペラとは何ぞや
 唐突ですが、ここで話が変わります。プロペラとは何ぞや、という単純素朴な設問ですが、さて、これにどう答えますか。強豪といわれるほどのエキスパートの多くは生涯1種目の専門家で、それゆえに専門種のプロペラを扱うノウハウには通じているのですが、この種の距離を引いた設問を苦手とする傾向があります。日頃専門種目のプロペラにだけ密着していると、視点がローカルに固定しがちです。プロペラと呼ばれるものの種族は多く、プロペラとは何ぞやの問いかけは、プロペラ類全般を見通す基本理解を問うています。
 プロペラとは何でしょうか。以下はプロペラ専門書からの受け売りですが、プロペラの理解にはフタ様あり、ひとつはプロペラは空中を回転して進む翼であるとする見方で、要するにらせんに進むネジの一種とする考え方です。理論書にはこの考え方を“プロペラ翼素理論”と呼ぶとあり、以下えんえんと理論解析が続きます。もうひとつの見方は、空気を航法に送ってその反作用で前に進む、つまりはロケットなどと同様の反動機関であるとする考え方です。このほうは“プロペラ運動量理論”と呼ぶとあって、このあと理論展開があります。ここに“翼素理論”と“運動量理論”を持ち出したのは、なにも両理論に深入りしようというのではありません。そんなことは小生の能力を超えてムリですし、だいいちそんな必要が学者でもないヒコーキ屋にあろうとは思もわれません。ここで肝要なのはプロペラには一見無関係そうな2方向からのアプローチの仕方があるということで、複眼的な攻め方でないと実体を取り逃がすおそれがあるということです。
 双方向から同時進行的に問題を包むように攻め上げないと、ひとりよがりの妙なことになってしまいます。実はここに重要なタネが隠されているのですが、“翼素理論”と“運動量理論”、両者べつべつのことをいっているようでいて、実はコインの裏表で、結局同じ事をいっているのだということを、小生ウカツにもだいぶん後になって知りました。
 理論に接した当初には、感覚的に結びつかなかったのです。それにしても情報理論的な“翼素理論”とエネルギー論的な“運動量理論”、両論併記では扱いに不都合ですから、何か一元論的にすっきりとした説明はないものでしょうか。

◆プロペラ本にはウラミがござる
 ここで横道にそれることをお許しいただいて、小生のプロペラ体験を語りたいと思います。
 ずいぶん昔のことですが、小生にはプロペラのことを理論的に知りたい、学びたいと考え、その種専門書を探して買いあさった時期があります。もちろん日本語で書かれた本で、これらの何冊かはもう絶版になっていることでしょう。ここで何を語りたいかというと、当初ぶつかった本との相性がひどく悪くて、率直にいって何が書いてあるのかさっぱりわからなかったのです。
 見たところ、行けども行けどもただ高等数学ふうの数式の羅列につぐ羅列で、まるで当方の理解が拒絶されているかのようで、これには参りました。正直にいえば落ちこみました。
 当時は小生も純情だったものですから、えらい航空学者であるであろう著者への敬意から、わからないのはこちらの数学力の不足のせい、理解力不足のせいと、神妙にただ恐れ入るばかりでした。ところが時がたつにつれ少しずつですが小生も考え方が変わりました。
 模型プロペラとはいえ、当方においてもプロペラの実技経験をそれなりに重ね、かつ人生終局近くになってみると、ガマンしていたホンネを吐き出してしまいたい気分になったという次第。 すなわち小生の思えらく、こういうのはプロペラの実技を知らない学者先生の机上の空論ではないのか、とこれが言いたかったのですが、言ってしまったので少しセイセイしました。
 このてのプロペラ本はその後にもいくつかの類書をみかけまして、ふしぎなことに記述のスタイルまで似ています。ハテ、これはどこかにネタ本があるなと、当方もすれっからしになって推察はつきますけれども、現実にはこれだけ複雑玄妙なプロペラの働きを、仮定に仮定を重ねた予定調和方式の数式の羅列で片づけてしまうところが、大胆不敵というか鈍感というか。
 こういうテキストで講義を受ける日本の航空科学生はどんなプロペラ理解をするのかナと、心配になつてもしまいます。しかし、こういったプロペラ本ばかりでもありません。
 参考になるのは実技経験者によって書かれた本で、模型とは違う実機領域のことであっても、それなりに種々学ぶべきところがあります。なかでも小生がさすがと思うのは、過ぐる大戦中に多数の軍用プロペラを手がけられた佐貫亦男氏の手で書かれてものです。
 現場技術者らしく文章は平明感覚的な表現でわかりやすく、しかも実作者ならではの主張のスジが通っています。プロペラブレードを薄くするのは推進効率上特効薬的な効果がある、などというくだりを読むと、ヘェ実機でもそうなのか、と嬉しくなります。
 実技家としての佐貫氏の主張はときとして鋭く、空冷星形発動機つき戦闘機の話ですが、プロペラスピーナー径をもっと大きくすれば効率は上がるのに、という誰やらの意見に対して、現実を知らない学者の空論と切りすてています。こういうことがあるので、実技を知らない人の手で書かれた学事書というのは困りものだと思うのですが、小生にしても人様のことだけいえません。
 能書きをいうだけで「ホレ、この通り」とやって見せられない現状では、モノを言う資格の半分ぐらいは失われていると思われるからです。(以下次号→こちらから Link しています)


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