◎ 名前:広島吉田
◎ 作成日:2021.4.26(月) 09:29

  織間さんの練習飛行隊と百歳ffさんの桜花に触れ     以前内容以後内容    


 先の記事にある百歳 ff さんの桜花と織間さんの練習飛行隊に触れ、私事ですが当掲示板をお借りして。

 写真は母のすぐ下の弟です。(私の叔父)
甲種12期の予科練時代に鹿児島海軍航空隊で三式陸上初歩練習機にて初めて飛んだ日の記念写真です。
叔父は旧制中学4年修了時に16歳で入隊し、18歳で戦死しました。
 戦死時、どこの部隊で搭乗機は何か調べる手立てはないものかと常々思っていましたが、ネット社会のおかげである程度の情報を得ることが出来ました。不正確な部分もあるかも知れませんが今わかる全てです。
部隊は722航空隊戦闘第313飛行隊でした。
あの有名な特攻兵器、桜花の部隊であった721航空隊の後を引き継いだ部隊です。
搭乗機は零戦。
飛行機と言えば零戦とグラマンくらいしか名称を知らない母が零戦で戦死したと言っていましたが、それは当たっていました。
 第12期甲種飛行予科練習生はまともに飛行機に接することが出来た最後の期と言われています。
叔父は予科練卒業後、茨城県谷田部基地の飛錬で93式中錬による訓練課程を昭和19年7月に修了し、希望通り戦闘機搭乗員の訓練生へと進みました。
本来であれば筑波海軍航空隊でありますが多数の訓練生を練成目的で神の池基地に新設された練成隊に転入。後に神の池基地は721航空隊に占領されたことで再び谷田部基地での訓練となり、昭和20年1月末に戦闘機課程を卒業して、昭和20年2月に編成されたばかりの722航空隊に配属されました。
そして、4月に千葉県茂原基地から神の池に転進してきた戦闘第313飛行隊に配属となり、戦闘機搭乗員として防空任務についていました。
それから僅か2ヶ月後、B-29が3機とP-51が75機飛来し、茨城県に空襲を仕掛けています。この時の空襲警報で迎撃任務について空中戦にて被弾し散ってしまいました。
千葉県の田んぼに墜落したとのことです。
 家族が戦死を知ったのは戦後のことでした。
風の便りで所属部隊は内地であることは知っていたため、終戦になって、「もう帰ってくるだろう」と話しているところに、同郷で予科練同期の方が戦死を知らせに来てくれました。
母曰く、突然のことでしたが祖母は涙することなく毅然としていたそうです。
 無念にも戦死してしまいましたが、予科練入隊で見送ったのが最後だったかと言えばそうではなかったようです。
予科練卒業間際の昭和19年2月に一度帰省したことがあり、結果的にその時が家族と最後のひと時でした。
帰省を聞きつけて来た近所の友達に忠告していた弟のヒソヒソ話を母は今でも覚えています。
予科練のあまりの厳しさに、「絶対に予科練なんかに行くなよ。とても務まるところじゃない!」
家族との団欒のときには一言も訓練の厳しさは口にしなかったそうですが、友人の前ではつい本音を吐露したのでしょう。
その母も今年96歳。寝床の上げ下ろしは自分で行い有難いことに元気でピンピンしています。
弟の分まで長生きしようとしているのだと思います。

 叔父が生前最後に所属した神の池基地は現在は鹿島の桜花公園として一部保存されています。
国際級FF日本選手権の開催地である旭市から程近い場所にあるため、大会開催時は可能な限り立ち寄るようにしています。
昨年は大会中止となってしまい行けませんでしたが今年はコロナも落ち着いてほしいものです。

◆2021-4-26 13:20:45 広島吉田 − 写真が大きすぎました。   ゴメンナサイ。  
◆2021-4-28 21:22:3 織間 − 吉田さんの叔父様は当時の状況だと数機で数10機を相手に戦って散ったと追悼しています。合掌  
◆2021-4-28 21:33:43 織間 − 叔父様は当時の状況だと人々を守るため10倍ぐらいの敵を相手に闘って散ったと思われます。  
◆2021-4-28 21:39:16 織間 − 叔父様は人々を守るため当時の状況から10倍くらいの敵と闘って散ったと思われます。  
◆2021-4-29 18:52:14 広島吉田 − 当時の日本の空をご存じである織間さんの言葉は大変重たく情景が浮かびます。  
◆2021-4-30 4:50:22 百歳ff − 昭和20年春、桃の花が咲く頃、無数のB29が空を行くのを記憶します。桁違い物量の差に立ち向かう勇気!  
◆2021-4-30 4:54:28 百歳ff − こんな戦さをした政府は悪だが、敵と対面した戦士は純粋、どちらも注視したい。  
◆2021-4-30 9:1:18 百歳ff − こんな戦さをした政府は悪だが、敵と対面した戦士は純粋、どちらも注視したい。  
◆2021-4-30 11:35:24 広島吉田 − 当日の経緯がほんの少し分かっています。またいつか披露したいと思います。  
◆2021-4-30 21:57:53 織間 − 京都飛行場上空で数十機の  
◆2021-4-30 22:15:16 織間 − B-29相手に三式戦単機で攻撃し被弾負傷し不時着した情景をすべて目撃しました。そうせざるを得なです。  
◆2021-4-30 22:17:4 織間 − 単機ですよ、  
◆2021-4-30 22:41:34 織間 − 1機でも敵に被害を与え人々の被害を少なくするため,身を捨てて戦ったと思います。  
◆2021-5-1 10:47:24 百歳ff − こんな戦さをした政府は悪だが、敵と対面した戦士は純粋、どちらも注視したい。  
◆2021-5-1 17:34:48 ランチャーズ − こういう方々がいらして、今日があるんだよなァ涙が出る。  
◆2021-5-1 17:37:55 ランチャーズ − この叔父様、18才いいお顔してる。戦ってくれたから今の日本があることを感じなければ嘘だよ。  
◆2021-5-1 18:51:3 百歳ff − こんな戦さをした政府は悪だが、敵と対面した戦士は純粋、どちらも注視したい。  
◆2021-5-1 18:51:39 百歳ff − こんな戦さをした政府は悪だが、敵と対面した戦士は純粋、どちらも注視したい。  
◆2021-5-1 18:51:48 百歳ff − 昭和20年春、桃の花が咲く頃、無数のB29が空を行くのを記憶します。桁違い物量の差に立ち向かう勇気!  
◆2021-5-6 10:39:8 広島吉田 − 陸軍の少年飛行兵出身で終戦時は三式戦飛燕で戦っておられた方と縁あって一時交流がありました。  
◆2021-5-6 10:41:11 広島吉田 − 叔父のことを調べて頂ける筈だったですが闘病の末無念にも。10年前のことです。  
◆2021-5-6 10:43:14 広島吉田 − この方が言われていました。「今の高校生の年齢で戦闘機を操っているんだよ」  
◆2021-5-7 15:50:34 織間 − 私より半年前に入隊した先輩が2式戦鍾馗で首都防衛してました。17歳か18歳です。  
◆2021-5-10 13:21:34 広島吉田 − 海軍で言えば雷電。17歳で鍾馗の搭乗員は相当優秀な方と推察します。

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